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第四章【16】オークの村(1)

 長期になることも予想していた東と西の戦はわずか一夜のうちに決着がつき、西のエルフ領は実質エルネスティの統治となった。  西のエルフ達は王を失い不安に思う者も多かった。西のエルフも一枚岩ではない。エヴァリーナによる長年の圧政を不満に思っている者も多数いたが、アルマスのようにエヴァリーナの洗脳とも言える思想を信じ続ける者もいる。この辺りの解決にはまだまだ時間がかかるだろう。  ユリはエルネスティに「ユリが西の王になったら?」と提案されたが丁重に辞退した。ユリも含め『王の孫』は多数いるが、次期王として教育を受けた者はいないのだ。だからしばらくは東に統治を任せた方が西のためだとユリは思った。「そろそろ子任せて退位する」と考えていたらしいエルネスティには申し訳ないが。  それでもエルネスティはユリを西の大臣クラスのポストに着けた。「君は西の民として監視役だ」と言って。ユリは身を引き締め、その任を受けることにした。  西のエルフ領再建に奔走しつつ一か月が過ぎた頃。ユリは気になっていたことをライモに尋ねた。 「ライモ、オークの村には帰らなくてもいいのか?」  オークを毛嫌いしていたエヴァリーナが去り、もうオークがコソコソと隠れている必要もない。前よりももっと自由に森へ出入りすることも可能だし、ライモも自由に帰ることができるはずだ。ユリはそう思って言ったのだが、ライモは「んー……」と困ったような顔をする。 「もうどこにいるか分かんねぇしなぁ」 「えっ!」 「仮の場所に村を移して、あれから10年近く経ってるから、もう別の場所に移動してるはずだ。移転先はわからんし」 「そんな……」  ユリは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ライモが村を捨てる覚悟でユリの元へ来てくれたのは知っていたが、全てが解決すればライモはまた村を訪れることが出来ると思っていた。 「そんな顔すんなよ。俺はユリとこうして暮らせて幸せだ」  ライモがユリを抱き締め、ワシワシと頭を撫でる。  ユリとライモは変わらずエルネスティの後宮内で暮らしていた。壊れた家はまた作り直して元通りだ。東へ戻るべきか悩んだが、なんだかエルネスティが寂しそうな顔をするので、二人はこの場所を選んだ。西と東は移転魔術で頻繁に行き来できるようにしたから、どこに住んでいてもあまり不便はない。 「ライモ、とりあえずその前に村があった場所へ行ってみたらどうだ? 何か手がかりがあるかもしれない」  ユリは提案してみた。そしてさらに続ける。 「出来れば……私も行ってみたい。ライモが、嫌じゃなければ……」  おずおずと躊躇いがちに言ってみたら、ライモの目がちょっとだけ輝いた気がした。 「もう、なんも無いかもしれんが……行くか?」  ライモが確認するように問いかけてきて、ユリは強く頷いた。 「ああ! 行く!」  二人は移転魔術でユリも知っている近くの森へと降り立ち、その先はライモが案内し徒歩で進んだ。  夏の鬱蒼とした森を進み、ひんやりとした洞窟に入り、また森に出る。そしてさらに複雑に入り組んだを洞窟を進むでいるとライモが独り言のように言った。 「お、まだ目隠しの術が効いてるな」  ライモはそう呟き術の中へと入る。村への道は知っている者しか入れないよう、目隠しの術が幾重にもかけてあったそうだ。村を移転しても術はそのままにしていったのだろうか。 「村はこの先だったんだ」 「えっ、洞窟の中にあったのか?」 「ああ。あの時は冬だったし、ちょうど良くてな」  何重にも施された目隠しの術をくぐり抜けた先。そこに広がる光景に二人は目を見開いた。 「ライモ! お前、ライモだよな!」 「よく帰ってきたな!」 「おーい、やっぱりライモだったぞー!!」  出迎えたのはオークたちだった。何者かが目隠しの術を越えたのに気づいて待ち構えていたらしい。彼らの奥には広い空間が広がり、他にもたくさんのオーク達がいた。 「お、お前ら……村を移さなかったのか……!」  ライモが唖然としたように呟く。 「ここ棲みやすくてさ。それに、ババ様もライモが帰ってくるかもしれないからってさ」 「そうだったのか……」  ライモはその言葉を噛み締めているようだった。そんなわずかな会話の間に、他のオークたちも「なんだなんだ」とワラワラと集まってくる。 「ライモ?! ライモなの?!」 「タルか!」 「わぁ! ライモ! おかえり!!」  人垣の奥から走ってきたのはライモの妹タルだ。タルは勢いよくライモに抱きついた。 「もう死んだかもって思ってたよ!」 「ああ、しぶとく生きてたさ」  ライモもタルの背中をポンポンと叩き再会を噛み締める。 「ユリちゃんも、久しぶりー!」  タルはユリにも笑顔を向けてくれ、ユリも「お久しぶりです」と返した。 「ユリちゃんは10年経っても変わらないわねー。お肌ツルツル。羨ましっ!」 「お前は老けたな」 「失礼ね! 私はまだ20 代よ。ライモこそ立派にオジサンじゃない!」  兄妹らしい遠慮のない会話をするライモとタルをユリは微笑ましく見つめた。 「ババ様に会わせるわ」 「まだ生きてんのか?!」 「アハハハ、もうすぐ100歳なのにピンピンしてんのよ」  タルの発言にユリは思わず身を乗り出した。 「そんな長生きな方がいらっしゃるんですか?!」 「そうなのよ! 信じらんないでしょ? もう魔物になってんじゃない?」  タルはケラケラと笑っていたが、ユリは嬉しくなった。オークは70年か80年程度の寿命だと聞いていたが、100年生きる者もいるのだ。  タルは洞窟の奥へライモとユリを案内しつつ、村の中も見せてくれた。 「洞窟の中、掘ったのか? こんなに広くなかったよな?」 「そうなのよ。岩盤がしっかりしてたから、崩れにくいけど掘るのは大変だった。それぞれ家になるように区画も作ってさ。地上に畑も作って、すぐ行ける通路も掘ってあるのよ」 「そうか。しっかり村にしたんだな……」  ライモは嬉しそうに見渡していた。ユリも洞窟での暮らしというものには興味津々だった。  洞窟の壁面にはいくつもの木戸が付いていた。あの一つ一つが家なのだろう。通路にはたくさんのオークがいて、ユリとライモを興味深げに見てくる。しかしその目に敵意は感じられず、ユリはホッとしていた。 「おお、ライモかい」  声がした方に振り向くと一人の老婆がいた。 「ババ様! 全然死ぬ気配ねぇじゃねぇか!」  ライモは失礼な物言いだが嬉しそうにその老婆に駆け寄った。 「お前も片牙とはなかなかイキじゃないか。いい男の顔つきになったねぇ」 「ハハッ、ババ様は10年前とちっとも変わってねぇや」  ババ様は子供のように小さな身体のオークだった。腰が曲がっているので余計に小さく見える。髪は真っ白なだし顔は皺だらけだが、目はとても力強い。  ライモはユリに顔を向けた。 「ユリ、この村の長のババ様だ。ババ様、これが俺の番のユリだ」  ユリはライモ紹介され「ユリと申します」と丁寧に頭を下げた。 「そうかい。番になれたんだね。子はいるのかい」  ババ様の問にユリは首を横に振り「いいえ」と答えた。 「このままできないかもしれませんが、それでも、ライモといられるだけで幸せなので……」  自然と出たその言葉は強がりでも何でもなくて、胸が苦しくもならなかった。ユリの言葉にババ様はうんうんと頷く。 「オークとエルフが番になるってことだけでも価値があることだねぇ。ワシも生きてるうちにお前たちに会えて良かったよ」  ババ様の優しい言葉にユリは胸の奥が温かくなった。するとライモがのんびりと口を挟む。 「ま、励んではいるんだけどよぉ」 「ケッケッケッ、ユリさん、あんたその細腰で、この男を受け止めるのは難儀だろうに」  オークらしい物言いにユリは顔から火が出そうになった。

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