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第四章【20】ヴィルホ(1)

 ふぎゃあふぎゃあと響く泣き声にユリは「はいはい」と返事をしつつ、ゆりかごの中の我が子を覗き込んだ。 「どうした? ミルクは飲んだばかりだろう?」  そう話しかけながらオムツを確認するが、まだ綺麗なままだ。ユリは泣く赤ん坊を慎重に抱き上げ、ライモの作った揺り椅子に座って身体を揺らす。 「まったく、何が不満なんだ? ヴィルホ」  ユリはぷっくりとした可愛い頬を指先で撫でながら尋ねた。ヴィルホはフガフガ言いながらまだ泣いている。  赤ん坊というのは実に不可解な生き物だ。意思は『快』か『不快』の二択。しかも泣いている理由がよく分からない。夜中もずっと泣いていてユリもライモも寝不足ぎみだ。しかし、『こんなにも可愛い生き物がこの世にいるのか!』と思うくらい愛おしい。 「おー、ヴィルホ起きたか」  庭で洗濯物を干していたライモが家に入ってきた。抱えていた乾いた服やオムツを長椅子に放り投げ、ヴィルホを抱くユリを覗き込む。 「今日も元気だな」  ライモは目尻を下げヴィルホの頭を優しく撫で、ユリの頬にもキスをした。  ヴィルホが生まれたのは二週間前。  ユリとライモは出会って11回目の夏を迎えていた。  ユリからは金色の髪と尖った耳、ライモからは浅黒い肌と銀の瞳とちょっと上を向いた鼻を受け継いだヴィルホ。男の子だから大人になったら立派な牙も生えるかもしれないとユリは期待している。  ライモ曰くヴィルホはオークの子にしては小さいらしいが、エルネスティの3人の妻曰く、エルフの子としてはかなり大きいらしい。  お陰でユリはかなりの難産だった。  城に常駐する腕利きの産婆や、治癒魔法を得意とするエルフ達がいなければ到底産むことなど出来なかっただろう。  文字通り身を裂くようにしてなんとか子を産み落としたユリだが、側にいたライモは鼻水を垂らし、うぉうぉと号泣していた。ユリはその時のライモの顔を今でも不意に思い出しては吹き出している。    治癒魔術によってユリはすっかり元気になったのだが、ライモは以前よりさらに世話焼きになった。ヴィルホにもユリにも甲斐甲斐しく世話を焼いている。  『赤ん坊』という未知の生き物に対して、ユリはおっかなびっくりなのだが、ライモは姉妹たちの子守に慣れていて、実質ヴィルホの世話をしているのはライモの方が多い。  今も揺り椅子でヴィルホをあやしているだけのユリに対して、ライモは洗濯物を畳んで仕舞い、ユリのために麝香瓜を剥いてくれている。 「なぁ、生まれて二週間も経つのに、まだ会いに来ないってさすがに酷くねぇか?」  小さく切った瓜の実をユリの口に入れながら、ライモは不満げに話し始めた。  ユリは果汁たっぷりの麝香瓜を咀嚼し飲み込んでから応えた。 「エルネスティ様のこと?」 「他に誰がいんだよ。まだ来てないのはエルネスティくらいだろ」  親しい知人友人は皆、会いに来てお祝いの言葉を述べてくれた。西の端に住むライモの親族も、イラが移転魔術で迎えに行って会いに来てくれたくらいだ。だが、エルネスティはまだ来ていないのだ。 「きっと忙しいんだよ。お祝いも贈ってくれたし、祝福してくださってる想いは感じるよ」  エルネスティは西のエルフ領の統治に奔走し、東と西を行ったり来たりしている。そんな多忙な中でもヴィルホの誕生を祝い、生まれた翌日にはライモとユリの家の周りに大量のチューリップを咲かせて祝ってくれた。さらに大量のオムツや、大量のおもちゃ。そしてユリに滋養をつけるようにと大量の食べ物も贈ってくれている。この麝香瓜もその一つだ。 「あんなに俺たちの子を待ち望んでたくせに。もう生物学者としての興味も無いのかよっ」 「うーん、そんなことは無いと思うんだけど……」  そもそもユリが身籠ったことに最初に気付いたのはエルネスティだった。  オークの村に行ったすぐ後くらいだったか、エルネスティが驚いたような顔をして「ユリっ、子が出来たのではないか?!」と言ってきたのだ。  発情期もとっくに過ぎていたしそんなわけないと思いつつも一応医者に確認してもらったが、結果はやはり出来てはいなくて。だがその後しばらくしてやっぱり妊娠しているとわかったのだ。  発情期でもない時に妊娠したことや、医者でも分からないような小さな胎児の魂をエルネスティが感じとったこと、その両方に驚いたのだ。千年を超えて生きるエルフの魔力の強さは想像を絶するとユリは思った。 「今、あいつ城にいるかな? 俺、ちょっと文句言ってくる!」 「えっ?! 文句って?!」  立ち上がるライモをユリはヴィルホを抱いたまま見上げた。 「エルネスティ様はここ一年はよく城を空けてたし、忙しいんだって!」 「いや、あんなに『エルフとオークが運命の番だなんて! 素晴らしい!』とか言ってたんだぜ? だったら最優先で会いに来るべきだ!」  東西の統治よりも我が子を優先しろと言っているライモの親バカぶりにユリは呆れた。しかし説得する間もなく、ライモは「んじゃ、ちょっくら行ってくる!」と慌ただしく出ていってしまった。 「まったく、困ったお父さんだな」  ユリはウトウトとおとなしくなっていたヴィルホにそう愚痴った。

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