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第四章【21】ヴィルホ(2)
「ユリ! エルネスティ連れてきたぞ!」
しばらくして帰ってきたライモは、家に入るなり実に嬉しそうに叫んできた。ライモの大きな声に驚いたのかおとなしくなっていたヴィルホが再び「ふぎゃああぁぁ」と泣き始める。
「ああぁぁっ! ライモ、待ってくれっ! やっぱり無理だっ!! まだ覚悟がっ……」
家の外からそう聞こえてきたのはエルネスティの声だ。なぜだか酷く動揺している声だった。
「ガハハハッ! ここまで来て何言ってんだよ!」
そんなエルネスティを豪快に笑い飛ばすライモ。
ユリは不思議に思い、ヴィルホをゆりかごに戻すと玄関扉に向かった。
「エルネスティ様、お久しぶりです」
ライモの横から顔を覗かせると、エルネスティは見たことがないほど顔を真っ赤に染めて、泣き腫らしたように目を潤ませていた。
「ど、どうされたんです?」
まさかライモがエルネスティが泣くほど殴って連れてきたのだろうか。そんな予測が頭をよぎるが、ライモはニヤニヤしながらユリに話しかけてきた。
「ユリ、驚くぞ! 実はな、」
「ラ、ライモッ、待ってくれ! 自分で話すよ。それが誠意というものだ……」
「さんざん逃げといて何が誠意だよ。ま、いいけどよ。じゃあ、話してくれ」
ライモに促され、エルネスティは大きく深呼吸した。エルネスティはとても緊張している様子で、いつも飄々とし、大勢の民を率いるエルフ王とは別人のようだった。
「じ、実は……ユリ、君が身籠ってから否定出来ないほど、その……雷を感じてたんだ……」
「え? 雷?」
「ヴィ、ヴィルホが生まれた時、私は西にいたが……もう、それはそれは強い衝撃が襲ってきて……」
ユリは思わず身を乗り出し「ま、まさか!」と叫んだ。ライモはニヤニヤとユリに顔を向けて頷く。
「つまり、エルネスティ様はヴィルホの『運命の番』ってことですか?!」
ユリが問うとライモが「ガハハハ!」と大笑いし、エルネスティの肩に手を回す。
「それを確かめるのが怖くて、逃げてたんだとさ!」
「そうなんですか?!」
エルネスティは「だ、だって!」と叫び、そして両手で顔を覆った。
「私がユリやライモをこれまで助けてきたのも、生物学者としての興味以上に二人が純粋に大事な友だと思っていたからだ! そのつもりだった! でも……私は無意識に自分の『運命の番』を世に誕生させる為に……そんな下心で動いていただなんて! もう、恥ずかしいやら、ユリとライモに申し訳ないやらで……!」
(ああ、なんという運命だろうか……!)
エルネスティが幼いユリに小さな雷を感じたこと。その時点でユリはいずれライモと出会いヴィルホを授かる道があったのだ。しかしそれはきっと一つの可能性でしかなく、エルネスティは無意識に手助けし、ヴィルホ誕生まで導いた。と、いうことなのか。
ユリは全身の血が沸き立つように興奮してきた。
「つまりヴィルホはΩってことか。こんなにすぐわかるなんてな!」
ライモが思い立ったように言った。確かにエルフもある程度成長しないと第二の性はわからないが、オークもそれは同じのようだ。
するとエルネスティが「いや……」と呟いた。
「ユリの妊娠が分かってすぐに、私にΩの兆候が出て……」
「えっ?!」
「はぁ?!」
ユリとライモの声が重なった。
エルネスティは以前『α性が消えた』と言っていたが、α性が復活するどころかまさかΩになったなんて。
「お、奥様達はご存知なんですかっ?」
「ああ、知ってる……。α性が消えた時は、哀れまれて、慰められて……。でも今回は3人とも凄く喜んでて……」
ユリはヴィルホが生まれてすぐにやってきたエルネスティの3人の妻、キーアとパメラとレナーテを思い浮かべた。3人はヴィルホを囲み、とても嬉しそうに話していたのだ。
『ライモさんに似てきっと逞しくなるわよ』
『ええ。陛下の背は絶対追い越しそうね』
『お姫様抱っこだってできちゃうのではなくて?』
やたらとエルネスティの話が出るのは3人がエルネスティの妻だからだと思っていたが、どうやら違ったらしい。3人はいち早くエルネスティの『運命の番』かもしれない赤ん坊を見に来たのだ。
「エルネスティ様、ヴィルホに会ってちゃんと確かめてください」
「い、いいのか……?」
「もちろんです。そんな申し訳ないだなんて思わないでください。私とライモの今があるのはエルネスティ様のおかげなんですから!」
我が子の『運命の番』かもしれない者がこんなにも近くにいる。ならばヴィルホの幸せのためにも会わせて確かめるべきだ。ユリはそう思った。ライモも同じ思いなのだろう。だって、ユリとライモは『運命の番』として出会い、こんなにも幸せになったのだから。
エルネスティは美しい緑の目から涙を溢れさせ、えぐえぐと泣き始めた。そんなエルネスティを家の中に招き入れ、ユリはゆりかごで泣いているヴィルホを抱き上げた。そんな間にもエルネスティは「ああっ……なんて可愛い泣き声なんだっ!」と独り言のように漏らしている。
「さあ、ヴィルホ。エルネスティ様が来てくれたぞ」
ユリはそう話しかけながらヴィルホを抱き上げ、エルネスティに近づくとヴィルホがぴたりと泣き止んだ。そしてまだあまりよく見えていないはずの金の瞳で、じっとエルネスティを見つめた。
「あ……ああぁぁ……っ!!」
エルネスティはため息のような声を発し、泣きながらヴィルホを見つめていた。ヴィルホはエルネスティに向けて小さな手を伸ばしている。
「雷、感じてますか?」
もうその様子を見ればわかるが、ユリはあえて尋ねた。エルネスティはコクコクと頷いた。
「抱っこ、してみます?」
ユリは提案してみたが、エルネスティはブンブンと首を横に振った。なんだか怯えるようなエルネスティをユリは笑った。
「なぜです?」
「君たちがやっとの思いで授かった子に運命の番だなんて言って、千歳を超える私が触れるなんてっ」
「な〜に言ってんだ? ほら、ヴィルホも見てるだろ?」
ライモにバンバンと肩を叩かれ、エルネスティはおずおずと両手を差し出した。ユリはその手にヴィルホを抱かせようとしながらも、「あ、」と言って一度ヴィルホを引っ込めた。肩透かしを食らって戸惑うエルネスティ。
「エルネスティ様がおっしゃる通りヴィルホは私とライモの大事な子なんです。だから、まだエルネスティ様にはあげませんよ?」
わずか二週間で我が子に自分達と同じくらい、もしかしたらそれよりも大事だと感じる人が現れたのだ。ユリにももちろん嫉妬心が湧く。だから念押しするようにそう言うと、エルネスティはコクコクと頷いた。
「も、もちろんだ! 君たち親子の仲を引き裂くような真似は絶対にしない! そ、それにヴィルホが大人になって私を選ばなくてもちゃんと受け入れる!」
エルネスティは真剣な目でそう語る。ユリやライモと同じくらいヴィルホの幸せを願ってくれていると感じ、安心した。
「じゃあ、私たちと一緒にヴィルホを可愛がってくださいね」
ユリはヴィルホをエルネスティに抱かせながらそう伝えると、エルネスティは強く頷き、優しくヴィルホを抱えた。
「はじめまして、ヴィルホ……」
エルネスティが優しく囁くとヴィルホはエルネスティの顔に手を伸ばし「あー」と声を出し笑った。
「金の瞳に金の髪……なんて美しい子だ……」
エルネスティはヴィルホを見つめてうっとりと囁いた。
ユリが幸せそうなエルネスティと笑っているヴィルホを見つめていると、ライモが肩を抱いてきた。
「俺たちはこの二人に結びつけてもらったのかもな」
嬉しそうに微笑むライモに頭をあずけ、ユリも「そうだね」と微笑んだ。
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