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第四章【23】300年後

 ―――ユリとライモが出会ってから300年後。  門をくぐり広がる光景にユリは思わず呟いた。 「相変わらずにぎやかだな」  その日ユリは一人、東のエルフ領にほど近い大きな街に来ていた。  ユリはここ100年ほど、一人であちこち旅をしている。転移魔術ではつまらないのでほとんど徒歩だ。色々な国を見て歩き、数十年に一度は東のエルフ領にある我が家に帰っている。今はその帰路の途中だ。  つい先月までは西のエルフ領にいた。  約80年ぶりに訪れた生まれ故郷は一見あまり変化が無いように見えたが、チラホラと赤毛や茶毛の子が目に付き、時代が変わったのだと実感した。  顔見知りに聞いた話だと、まだまだ金髪に固執するエルフもいるらしいが、両親が金髪であっても違う髪色の子が生まれるという事実は周知されているという。  エルネスティは東のように異種族を無理に西へと入れようとはしなかった。何千年も一つの種族だけで暮らしてきた西の民達は、大きな改変を望んではいなかったからだ。 『ヴィルホのような二種族の間の子も美しいが、一種族の純血もまた美しい』  エルネスティはそう語っていた。  そんなほぼ一種族しかいない西を見てきた直後に、この東の街で大小様々な種族を目の当たりにすると東に戻ってきたなと実感が湧いてくる。  さて、どの店に入ろうか。何を食べようか。などと辺りを見渡しながら歩いていると、広場の入り口に差し掛かりユリはふと思い出した。  以前ライモとこの街に来た時、ユリはこの広場へ行ってみようと言ったのだが、ライモは裏路地へ行こうと言った。 『こういう街は裏路地の方がおもしれぇよ!』  いつもユリの意見を優先させ自分の希望は二の次にしてしまうライモが、その時は珍しくそう主張してきてユリはなんだか微笑ましく思ったのだ。  結局、その裏路地でなにやら淫靡な宿を発見し、真っ昼間から二人その淫靡な宿に籠もって、淫靡なことをしていたのだが。  そんな裏路地での思い出に浸るのは後にしようと思い、今回はまず広場へ向かうことにした。  向かった広場は石畳の広い円形の空間を中心に、雑貨屋や宝飾店、菓子屋などがぐるっと周りを取り囲むように軒を連ねていた。そしてたくさんの客でごった返し、店先からも呼び込みの声や鐘があちこちから響いている。 「なんだ、面白そうじゃないか」  ユリは少し笑い、やっぱりライモとも来れば良かったと思い、そして少し淋しくなった。  しんみりしつつ店を見て回っている時だった。チリッとうなじに何か触れたような気がした。虫でも飛んできたのかと思い手で撫でるが何もない。あるのはライモの噛み跡だけだ。しかし、何か感じる。気のせいかもと思うくらいの微かな『雷』のような感覚。 「え……」  ふと視線を上げると、雑貨屋か何かの看板が目に入った。店先につる下げられたそれは大鍋をそのまま看板にしているもので、大鍋には鉄の飾り文字とともに白い何かが埋め込まれていた。ユリはその白い物体に吸い寄せられるように近づいた。 「これって、まさか!」  それは何かの牙らしき物体だった。そしてそのサイズ感や質感にユリはものすごく覚えがある。 「いらっしゃいっ! 何かお探しですかな?」  ユリに店主らしき人物が話しかけてきた。口髭を生やした中年の人間の男だ。 「こ、この看板の牙ってっ! ひょっとしてオークのじゃないですか?!」  ユリは興奮しながら尋ねた。ユリの問に店主は自慢げな笑みを浮かべた。 「これはこれは、お目が高い! そうなんですよ。こんなに大きなオークの牙、珍しいでしょう! 300年くらい前のものだそうです」  300年前。時期が一致する。 「近くで見させてもらえませんか?!」  ユリは興奮を隠しきれずそう願い出た。店主は「いいですよ」と言い、踏み台を出してきて看板を外してくれた。ユリは大きな鍋の看板を両手で受け取りまじまじと見つめた。 (間違いない。ライモの牙だ……!) 「当時の店主が凄腕の魔女でしてね。その魔女が巨大なオークとの死闘の末、勝ち取ったと言われているんです。オークに権利なんか無かった時代ですねぇ」 「魔女ですか……。この店は当時から雑貨屋さんだったのですか?」 「いや、当時は魔法道具や魔法薬なんかを売ってたらしいですよ」 「魔法薬……!」  その説明でユリは確信した。  約300年前。西のエルフ王エヴァリーナに囚われたユリを助ける為に、ライモが西のエルフ城に忍び込んで来たあの時。持ってきた魔力を無効化する魔法薬はきっとここで手に入れたのだ。オークの誇りである牙と引き換えに。『ちょっとヘマして』とかなんとか言って、ユリには誤魔化していたが。 「ああ……なんてことだ……」  ユリは牙を撫でた。300年間、軒先で風雨に晒された牙は表面が風化してザラリとした質感になっている。ユリはズボンのポケットから紐で括られたもう一つの牙を取り出した。 「あ、あんた、それはっ?!」  ユリの手に握られた牙を見て店主が驚く。 「これは左の牙です。同じ持ち主のものだ」 「あんたもそのオークを倒したのかい?!」 「まあ、ある意味そうかも」  ユリはくすりと笑った。  倒した。ライモをメロメロに倒したのは、きっとユリだけだ。  ライモは結局163歳まで生きてくれた。  オークの寿命はだいたい70〜80年なのに、なんとその倍も生きていたのだ。エルフのユリと番になったことが大きいのではないかとユリは予想していた。あとは怪我や病気をしてもすぐにユリが治癒魔術で治してしまったことも要因の一つだろう。何より『500年は生きて、一緒にいて!』というユリの我儘に、ライモ自身が最大限応えようとしてくれたのだと思う。ライモはどこまでもユリに甘かったから。  さらにライモは長男ヴィルホを初め、次男ヴィダル、三男ユハ、四男アルヴィド、そして最後に長女レアラの合わせて五人の子をユリに授けてくれた。ヴィルホが生まれるまで、妊娠しないことに悩んだことが嘘のようだった。  そしてライモが永遠の眠りに就いた時、ライモとの約束通りユリはこの牙を抜き、それ以来約150 年、ずっと肌身離さず持っている。 「ご主人、この牙を私に譲ってもらえませんか」  ユリは当然この右の牙も欲しくなって店主に聞いてみた。 「いや、悪いが無理だ。この鍋と牙はもううちの象徴になっててな」  店主は困ったように首を横に振る。  そうは言っても大金を積めば買えないものは無いだろう。転移魔術ですぐに帰って金になりそうなものを売って……そんな考えが瞬時に頭を巡った。しかし、それは違う気がした。なんだかライモに怒られそうな気がしたのだ。  ユリら手に持った看板を見つめてしばし考えた。  譲ってもらえない。でもこのライモの一部をここへ置いていくのもなんだか可哀想な気がしてくるのだ。そして、ユリはふと思い立った。 「ご主人、牙は諦めます。諦めるので、ぜひ私のこの髪も一緒に飾ってもらえないでしょうか」  ユリの申し出に店主は目を見開いた。 「えっ! エルフのそんな見事な金髪、買い取れる程の金はうちにはないよ!」 「いえ、お代は結構です」 「はぁ?!」 「お金は要りませんので、その看板に加えて牙と離さないで欲しいのです」  エルフの髪は強い。それでも風雨に晒されれば、牙と同じように風化していくだろう。そう、同じくらいの年月をかけて牙と金髪は一緒に風に溶けていくはずだ。 「そんな、願ったりだよ!」 「良かった!」  店主は興奮した様子で店の中からハサミを持ってきた。ユリは自身で髪を固く一本に編み、店主がそれを根本からザクリと切り落とした。 「これはっ、なんと美しい!」  店主は興奮したように鍋にユリの髪をくくりつけ、店先に再び看板を吊るした。  鍋の中心には白い牙。それをぐるりと囲むように金髪が縁取る。しばらく眺めていると周りの店の店員や客たちも「なんだ、なんだ」と集まってきた。 「ご主人、絶対に売らないでくださいよ。時々寄りますからね」 「オークの牙とエルフの金髪だなんて、最高の目印だよ! 絶対に売ったりしないさ!」  ユリは満足し歩き出した。  ふと菓子屋の店先に飾られた綺羅びやかな飴や焼き菓子が目に入った。  子供達が喜びそうだと思い立ったが、子供達はもうとっくに大人になっていることも思い出す。ヴィルホなんてもうすぐ300歳だ。1500歳を超えているエルネスティと共に子や孫に囲まれて暮らしている。 (その中にはまだ小さい子もいるしな)  ユリはそう思い直して菓子屋へ入った。  たくさんの菓子を土産に我が家へ帰ろう。  きっとライモの欠片を引き継いた家族達が出迎えてくれるはずだ。  ユリは短くなった髪を掻き上げ、喜ぶ子供たちの銀や緑の瞳を思い浮かべ菓子を選んだ。 おわり

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