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第4話 「うん……好き」
低い声が俺の頭の斜め上から聞こえてくる。ちょっとだけ拗ねたみたいなそんな響きに戸惑った。
「し、てないです」
「嘘つけ。気付いてるのに気付かないふりしただろ」
「そんなことしてないって」
「した。俺の統計だと八回してた」
「……数えてんの、キモすぎ」
吐き捨てた俺を相変わらず片腕で拘束したまま、史人さんはぼそぼそと言う。
「ねえ、俺、なんかした? 意味わかんなすぎてもやもやするんだけど」
「勝手にしとけば」
「千冬ってば」
回されていた片腕が滑り、くんっと肩を掴まれる。体の向きを変えられて、気が付くと正面に史人さんの顔があった。
「なんか俺言った? 気に障ること言ったなら謝るから。ちゃんと話してって」
「ってかしつこいし。大体、友達の弟にここまでくっついてくるの、変だと思いませんか」
「思いませんかって、すごいな、千冬。中学生みたい」
中学生だよ! むしろなんであんたはいつまで経っても変わらないノリなんだ。
呆れ果てながら、目の前のやたらめったら整った顔を眺めていると、ふうっと彼が溜め息をついた。
「俺さ、馬鹿なんだよね。まあまあ」
知ってる。
「……そこは黙ってないで、そんなことないですよ先輩、って言うのが後輩として正しい在り方なんじゃないの?」
「……思ったことをそのまま言うのは小学生で卒業したので」
「なにそれ。千冬、相変わらず面白すぎるだろ」
思いっきり馬鹿にしたのに、なぜか史人さんはうれしそうだ。くっくっと肩を揺らしてから、ひょろ長い腕を伸ばしてくる。思わず飛びすさりそうになったけど、ぎりぎりでこらえたのは……下がろうとした瞬間、めちゃくちゃ悲しそうな顔をされた気がしたから。
すっと切れた目尻がくっと細められ、眉が下がって。唇も、あ、と言いたげに少しだけ開いて……。
いつだって馬鹿みたいなことばっかり言って笑い転げている、能天気な人だと思ってたのに。
そんな顔するなんて、思わなかったから……。
「史人さん、俺のこと、好き、なの?」
しなやかな手が俺の頭にそっと乗せられたと同時に訊いてしまった。が、即座に後悔した。一体俺はなにを訊いているんだろう。
史人さんも意表を突かれたみたいに固まっている。頭の上に置かれた手もするっと引っ込められる。
体育館と校舎の間の渡り廊下。夕方の橙と夜の青が混じる空気の中、黙りこくってふたり向き合って立っていたのはどれほどの時間だっただろう。
「……うん。好き」
史人さんが小さく頷いた。そうされて頭の奥がかっと熱くなった。
「それって、俺が、ゆりりんに似てるから?」
「ゆりりん?」
「フライフラワーズの」
「あー、あのゆりりん」
納得したように頷いた史人さんが、少しだけ腰を屈め、俺と目線を合わせるようにして俺の顔を観察してくる。
距離、近くないか?
なんだかどきどきする。後ずさりそうになる俺の耳に、似てなくない? と言う声が飛び込んできて、俺は思わず目を剥いてしまった。
「え、似てるよね?」
「いやー、似てないっしょ。ゆりりんてあの子だよね。ツインテールでちょっと狐顔した」
「狐顔はひどくない? 俺だって目、あの子みたいに吊り上がってるし」
「吊り上がってるかな。千冬のは切れ長って言うんじゃないの?」
切れ長はあんたみたいな感じだと思うけど。
「色も白いし……」
「あー、白いね。で? 色白い人はみんなゆりりんに似てるの?」
「じゃなくて! 顔のパーツとかも!」
「似てないよ。千冬のほうが可愛いと思うけど」
「かっ……」
だめだ。やっぱりこの人変だ。大体、可愛いって言われて俺がどんな気持ちになるのか、少しは考えてみたらいいのに。
「だから! 顔が可愛いって理由で好きって言われても俺、嫌なんだけど!」
言い放つと、史人さんが唇をふっとまた開けた。今度の開け方は呆気に取られたみたいな、意図せず開いてしまった、みたいな開き方だった。
ようするにこの人もそうなんだ。顔が好きって理由で俺のこと……。
「そういうわけだから。もう話しかけないでください。四宮先輩」
言い捨て、俺は背中を向ける。いや、向けようとした。が。
「やだ」
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