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第5話 「ん、会いたかったから」
背後から腕が伸びてきてくいっと再び片腕が首に絡められる。俺よりしっかりした骨格のそれに俺は苛立つ。
「可愛いのならほかにいっぱいいるだろうっての! 俺はそういうの……」
「俺、顔でお前のこと好きって言ったわけじゃないよ」
「は?!」
顔じゃない?
「それ、なに?」
首をぐりんと曲げ、史人さんを睨み上げる。その俺の顔を見た史人さんがぷっと吹き出した。
「ってかさ、その顔、全然可愛くないわー。オジサンみてーだもん」
オジサン。
この人が嬉々として見せてきた魚のフィギュアのぺちゃりと潰れた顔を思い出し、俺はますます顔を歪める。それを見て史人さんはなおも笑って、するりと俺の首から腕を解いた。
「あー、もう、可愛い。なんでそんなおもろ可愛いのかね。お前」
「おもろかわいい?」
「性格が面白くて可愛い。ずっと見てたくなる。だから好きなの。わかる?」
わかるわけがない。というよりわかりたくない。ぷうっと頬を膨らませると、その頬を突かれた。
「で、どうして怒ってたの? 俺、なんか変なこと言った?」
現在進行形で変なことは言われている。大体……好きってことは触りたいってことだと昨日のドラマで野坂灯夜も言っていた。でもこの人は俺の性格がおもろ可愛いから好きと言う。
その場合、触りたいのってなにを? ってか、どこを? 性格は触れないし……。
考えていたらなんだかどきどきしてしまった。ぽっと頬まで熱を持ってきて、俺はとっさに史人さんの腕を振り払う。
なんだろう。こんなのおかしい。
でっかい弟みたいな人に「性格がおもろ可愛いから好き」と言われただけ。それは多分、昨日のドラマで野坂灯夜が演じていたようないわゆる恋愛的な好きじゃないんだと思う。犬や猫を可愛いとか好きって言うみたいな、そんなノリのものだ、絶対。
それなのになんで俺は今、こんなにおろおろしちゃってるんだろう。
なによりむかつくのは……。
「もう遅くなるな。千冬、早く着替えておいで。続きは帰りながら話そ」
こっちが狼狽えているっていうのに、この人は普段通りの顔をしているところだ。
一瞬見せた悲しそうな顔はなんだったんだ、と思うくらい、いつも通りの馬鹿顔。
「俺、史人さん嫌い」
「えー、俺は好きなのに? お菓子買ってあげるから機嫌直してって」
しかも、お菓子買ってあげるとか子ども扱いしてくるところも腹が立つ。無視されて悲しくて追いかけてきたくせに、もう笑ってるし。こっちはあんたのせいで気持ちの整理がつかなくなっちゃったってのに。
……ねえ、史人さん、好きって、どういう意味の好きなの?
……犬や猫を撫でたいのとおんなじ意味?
訊いてしまえばいいのかもしれない。でも訊けなかった。訊いてしまったらなんだか戻れない場所まで流されちゃいそうで……怖かった。
俺のその葛藤を知ってか知らずか、史人さんはその日、俺が着替えて出てくるのを本当に待っていた。いつも通りの顔で笑いかけてきて、一緒に帰り道を辿った。しかも道すがら、近所の駄菓子屋で俺の好きなパチパチガムを買ってくれた。
胸の内に生まれたさざ波が、口の中がパチパチする刺激とシンクロして妙にこそばゆかった。
……以来、この人の「好き」がどんな意味の「好き」かもわからないままに、一緒に過ごす日が増えていった。
「千冬」
部活終わり、教室移動のとき、職員室で日直日誌を出しに行った帰り道。
史人さんが、笑顔で手を振ってくる。
不思議なもので、人がいっぱいひしめいているところにいても、史人さんは俺を見つけるし、俺もすぐに史人さんがわかった。
めちゃくちゃイケメンだから後光が差してるとかそういうこと? まさかね、なんてことを考えたりするくらい、史人さんはするっと俺の視界に入ってくる。
学年が違うし、意図しなければしょっちゅう会えるわけもないのに、気が付くと俺は史人さんを学内で探すようになっていた。
……今日は史人さんのクラス、教室移動あるかな。
……部活の後、また待っててくれたりしないかな。
……俺は日直だけど、史人さんはどうかな。
……史人さんのクラス、今日は体育ないかな。あったら俺に気が付いてくれるかな。
……史人さんって、時々、遠いとこ見てる。あれ、なに見てるのかな。
なんてことを考えることが増えたせいで、窓際の席の俺は授業中グラウンドを眺めてばかりいて、先生から叱られることもしばしばだった。
「千冬、一緒に帰ろ」
一番テンションが上がったのは、練習で絞られてふらふらしながら着替えて下駄箱に辿り着いたその瞬間に、こう声をかけられたときだ。
その史人さんからの言葉に対し、俺はいつでも仏頂面を返した。笑ったら負けだってなんか思ってしまっていたから。
その日もそうだった。下駄箱にもたれて立っていた史人さんが、俺を見つけて手を振ってくれて、駆け寄りたいと思ったのに、俺はわざと嫌な顔をした。
「……なんで待ってんの」
「ん、会いたかったから」
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