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第6話 「付き合ってって言ったら、どうする?」

 俺の口から出るのは可愛げのかけらもない台詞だというのに、史人さんはにこにこして俺の髪を撫でる。その手から俺は必死に体を遠ざけた。 「触んないで」 「なんで? 撫でさせてよ」 「やだ。部活終わりで汗かいてるから」  会えてうれしいけど、臭いだって気になる。史人さんに気付かれないようにそっと自分のシャツの肩口の臭いを確かめていると、その俺の首に腕が絡んだ。 「いいよ。千冬が部活頑張った証明の香りだもん。俺は気にしない」  そう言う史人さんからはワックスかシャンプーかわからない、なにかの花の匂いがしていた。色で言ったら白い花みたいな。そんな清い香り。自分の汗の臭いを嗅がれるのが恥ずかしくて嫌なのに、その史人さんの香りには触れたいと思ってしまっている自分に気付いて、俺は激しく狼狽した。  こんなの、変だ。人の匂いをもっと嗅ぎたいって思うなんて変態みたいだ。  でも、もしかしてこれなんじゃないのか?  ドラマで野坂灯夜が言っていた、好きだから触りたくなるというやつは。  だから俺は史人さんの香りをこんなにいい匂いだって思ってしまっているんじゃないだろうか。いや、匂いだけではなくて、多分……。  ぐるぐる考えながら、隣を歩く史人さんを観察していた。  夜風に史人さんのさらさらの髪がなびくのが見えた。前髪の隙間からちらっと覗くなだらかなおでこのラインも。 「史人さん」 「んー?」  隣を歩きながらのんびりと史人さんが返事をする。その史人さんの腕は相変わらず俺の肩にしっかり回されている。可愛い弟を守るみたいに。  それがなんだか面白くなくて、俺は口を動かしてしまった。 「俺も史人さんの髪、触ってみたい」  ふっと史人さんが立ち止まる。しっかりと絡められていた腕がいきなりするっと解けた。慌てて離れるみたいな解かれ方をして、俺は我に返る。  俺、なに言ってんだろ……。 「あ、あの、えと、なんでも、な……」  言いかけた手がいきなり掴まれ、俺はぎょっとする。掴んだのはすぐ隣に立っていた人だった。 「どうぞ」  低い声で促される。掴まれた手が髪に導かれて、俺は息を詰めた。  指に触れるのは、俺よりもずっと滑らかで指の間からさらさらと零れてしまいそうな髪の感触。 「触っていいよ」  かすかな声とともに俺の手から手が離れる。  混乱した。おかしいとも思った。でも……俺はそうっと手を動かした。  最初はおずおずと、慣れてきたら少し強めに髪を撫でた。その俺の前で史人さんは目を伏せていた。長い睫毛が頬に長く影を落とすのが見えた。  この人、かっこいい、な。  なぜかいきなりそう思った。これまでも何度もこの人の顔は見た。学校ですれ違うとき、手を振ってくるこの人に不承不承手を振り返したとき。からかわれながらしぶしぶ会話したとき。ちゃんと顔だって見ていたはずなのに、そんなふうに思ったことが今まで一度もなかったことに俺は愕然としていた。  こんな距離でまじまじ見たことがなかったから……?  それとも、こんなふうに触れたことなかった、から?  髪を撫でる手を止めて史人さんの顔を凝視した。その刹那、すうっと瞼が開いた。間近く目と目が合う。二重の切れ長の目がじいっとこちらを見つめてくる。数秒見つめ合ったところで、ゆっくりと史人さんが手を上げた。  その手が髪に触れたままだった俺の手に重ねられる。慌てて髪から手を離そうとするけど、それを止めるように史人さんの手は俺の手をくっと自分の頭に押し付けてきた。 「どうだった?」 「え、あ、なに、が?」 「触ってみて、どう思った?」  この場合、なんて言うのが正解なのだろう?  すごく綺麗な髪だって思った? それとも、いい匂いがした、とか?  いやいや! そんなのおかしい。それじゃあそれじゃあ……。  じわっと髪から沁みてくるのは、俺よりも幾分か高い体温。 「どきどき、した」  ぽろっと出た言葉に狼狽する。けど、それ以上の感想が出てこなかった。反比例するみたいに頬から熱が放射されて、いたたまれなくなる。  目を合わせているのも恥ずかしくなってきた。俯こうとするが、史人さんの手は俺の手の上から外れてくれなくて俺は慌てる。 「あの……」 「千冬は俺が千冬に付き合ってって言ったら、どうする?」

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