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第8話 「芹那先輩」

「四宮くーん、チャンバーからイチゴ取ってきて~」 「了解ですー。ドリンクバー、オレンジジュース切れてたっぽいんで、そっち補充してからでいいですか」 「わ! 助かる! そしたらそっち優先で。ありがと!」  バイトリーダーの西田さんの声が弾んでいる。仕事に厳しい西田さんが、あんなにデレデレすることなんてまずない。それってやっぱりあの人がイケメンだからだろうか。いや……西田さんは劇団員をやりながらバイトをしている人だけど、バイトだからといって仕事をおろそかにするやつを見ると怒り狂うような仕事の鬼だ。その人がイケメンだからという理由で特定の誰かをちやほやはしないだろう。  つまりそれくらい、あの人は仕事ができるってことなんだと思う。  俺はお客様用のシルバーをカウンター上の引き出しに仕舞いながら、横目で“あの人”を眺める。  あの人……史人さんを。  ――俺もそれ、応募しようと思ってたから。  あんなのただの冗談かと思っていたのに、数日後、史人さんは本当に店にやってきた。たまたまシフトに入っていた俺は、いきなり現れた史人さんにまたも仰天したのだが、その俺に彼は軽く手を振ってみせてから、店長に連れられて事務所へと消えていき……数分後にはあっさりと面接に合格してバイト仲間になってしまった。  あれから二週間、史人さんは一日おきくらいにシフトに入っている。俺も同じくらいの日数入っているから、必然的に仕事を教えることが増えた。しかも。 「芹那先輩、カスター補充したいんですけど、爪楊枝って予備どこですか?」 「なんかハンディ入れ方わかんないとこあるんで、教えてくれません? 芹那先輩」 「あ! 芹那先輩! 二番テーブル、俺が片付けますんで。気にしないで」  親鳥にくっついて歩くひよこか、と思うくらい、史人さんは仕事に、というか俺に忠実で、俺のことも「千冬」とは呼ばず、折り目正しく「芹那先輩」と呼んだ。  バイトとはいえ、仕事をしている現場では、年齢よりも経験の差が重視される。だから史人さんが俺を「先輩」と呼ぶのはなんら不自然なことでもないし、むしろ正しいことなんだけど、史人さんに「芹那先輩」と呼ばれると、ものすごくこそばゆい。  なんだろう、相手がこの人だからだろうか。  好きで、大嫌いだった人だからだろうか。 「芹那せんぱーい」  ・・・いや、馬鹿にされているような気がして、単純にむかつくからかもしれない。  大体、この人は俺よりも断然要領がいい。まだ入って二週間のくせに、チャンバーがなにかもわかっちゃうし、ドリンクバーの補充の仕方も淀みなくすいすいこなせちゃうのだ。ちなみにチャンバーというのは冷蔵庫のことだけど、俺は最初チャンバーがなにかわかんなくて、「チャンバラ? ですか?」と訊いてしまい、「うちはそういうコンセプトカフェじゃない」と社員の岩本さんに苦笑いされた経験がある。  それくらい仕事ができる人なのだ。だから今更俺にくっついてくる必要なんてないのに。 「芹那先輩ってばー」 「ええい! 他にも訊ける人いるだろ! 俺も忙しいんだから、俺ばっかりに訊かないでください!」  ここ数日ずっとついてくる声に苛立ちながら俺は、ソフトクリームマシーンのレバーをぐいと引く。パフェの成形もホールの仕事だ。ちなみに俺はこれが苦手だ。だから別に意地悪で史人さんに仕事を教えないわけじゃない。集中したいから言っただけ。他意なんて断じてない。うん、多分。 「あ、ちょい待って。先輩」  ぐるぐるしながらソフトクリームと格闘していた俺の手に、いきなり手が重なる。

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