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第11話 「呼んで、いい?」
……え?
出鼻をくじかれてへにゃっと表情が崩れそうになる。ってか、この人はなんで謝っているんだろう。
「俺、後先考えず飛び出しすぎちゃったみたいで。却って心配かけたよね」
「それは……」
確かにそれはそうだ。まさかあんなに血相変えて犯人を追いかけると思ってなかったし。刃物とか武器を相手が持っていなかったからよかったけど、一歩間違えたら大変なことになっていたと思う。
「史人さんっていつもああなの?」
「ああ、とは?」
「血の気多いってか、躊躇なく走ってったじゃん。ああいうの、すぐするの?」
「あー、どうだろ。普段はあんま、しないかな。俺ね、千冬が思うよりずっと冷たい人間なんで、知らない人だったら放置しちゃってたかも。ただ」
後ろ頭に手を触れながら史人さんが気だるげに続けた言葉に、俺は立ち尽くす。
「やられたのが千冬だったから、なんかこう、かーっとなって」
千冬だったから。
この人はどういう意味でこれを言うのだろう。この人の中で俺はやっぱり弟ってことなんだろうか。多分、そうなんだろうな。
そう思ったらなんだかもやついた。ここのところの俺はやっぱり少しおかしい。けど、とにもかくにもこの人の怪我をなんとかしないと。
「あの……相手が誰だろうとこういうのはもうやめて。危ないし。ってか、怪我! なんとかしないと! ほら、行こ!」
「はい、先輩」
いきなり先輩呼びをされた。びっくりして足を止め、振り返る。目が合ったのに、史人さんはなぜか俺から気まずそうに視線を逸らした。
「さっき、どさくさに紛れて名前呼んじゃったから。嫌だよな、俺に呼ばれるの。ごめんね、先輩」
「え……えと」
俺は嫌だったんだろうか。というかなんでこの人はそう思ったんだろう。中学時代、この人に千冬千冬呼ばれたのは確かにウザいと思ったりもしたけど、今もそうかと言われると、微妙だ。そもそもどっちかっていうと……。
「ぶっちゃけ、先輩って呼ばれるほうがいらっとくる」
「え、なんで? 先輩じゃん」
「そうだけど……そうなんだけど! 史人さんに呼ばれるとなんか腹立つの!」
「えー……」
史人さんが眉を下げる。なんて顔するんだ、この人。くすっと笑うと、その声に反応して史人さんの顔にも笑みが浮かんだ。
「そしたらさ」
史人さんが口を動かす。国道を通り過ぎていく、車のエンジン音とエンジン音の間に埋もれてしまって、よく聞こえない。耳を片手で覆い、俺が頭を寄せると、史人さんも腰を折って俺の耳に唇を寄せてきた。
「呼んでいい? バイトじゃないときは千冬って。俺、呼びたいんだよね、また。いい、かな」
……心臓がずくりと疼いたのは、言われた言葉になのか、それともちょっとだけ甘く聞こえるこの人特有の掠れた声音になのか、それとも耳を掠めた吐息になのか。
わからない。でも今更だめっていうのもおかしくないか……? だって俺が先輩って呼ばれるのは嫌って言ったわけで……ってか俺はなにを言い訳しているんだろう。
「まあ、いい、よ」
「ありがと」
耳元でさらっと礼を言われて、またくすぐったくなる。慌てて俺は史人さんから一歩退く。
「と、とにかく! 店行こ! 絆創膏とか、もらって」
「ん」
こくん、と史人さんが頷く。十月の少し冷えた風が史人さんの髪をそよがせる。陽光みたいな色のそれが眩しくて目を逸らしたとき、千冬、と名前を呼ばれた。
「怪我、させちゃってごめん。俺がもうちょっと早く着替えて出てきてたらよかったな」
「……謝りすぎだよ」
一緒に帰らないって突っぱねたのは俺なのに。ああもう。なんなんだろう、この人。
でも……礼ぐらいは言わなきゃ。
「史人さん、あの、ありがと」
声が届かなかったのか、え? とはてな顔をされる。もう一度言おうかと思ったけど、やめた。
「は、早く行こ!」
素直になれないこの辺り、俺は全然、変わっていないのかもしれない。
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