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第14話 なにも、知らない
家に帰ると兄ちゃんがダイニングでカレーを食べていた。兄ちゃんと俺は全然顔が似ていない。体つきも顔も、兄ちゃんのほうが精悍だ。部活がサッカー部のせいもあってか日にも焼けていて、食も俺より太い。兄ちゃんが食事しているところを見ると、あまりにも豪快で、見慣れてるくせについつい見惚れてしまう。
「めっちゃ食うね……」
「人のこと言えるか? 唇てかってるし、買い食いしたんだろ。母さんにばれたら怒られるぞ」
囁き声で応酬される。幸い、母さんは今、ドラマ観賞の時間なので、こちらの会話には全然注意を払っていない。
「買い食いじゃない。買ってもらったの食べただけだから」
「買ってもらった? 誰に」
「史人さん」
制服のネクタイをむしり取りつつ、ダイニングから洗面所へと移動する。鏡を見ると、確かに唇が油でてかっていた。
史人さんにもこの唇見られてたってことか、とちらっと思ってから、俺は慌ててざばざばと手と口を洗う。鏡はもう見ないままにダイニングに戻ってくると、兄ちゃんは二杯目のカレーを食べ始めていた。
「史人って、あの史人? なに、お前ら、またつるんでるの」
「バイト同じなの。で、一緒に帰るようになったから……」
「え、お前んとこのファミレスでバイトしてんの? あいつ、この間会ったとき、なんも言ってなかったのに」
やっぱり兄ちゃんとはちょくちょく会っているらしい。俺には再会するまで一切、連絡してこなかったくせに。
……面白くない。
「兄ちゃんって史人さんといつもどんな話すんの」
――千冬には関係ない話だよね。
聞いたことがない重い声。あの声を兄ちゃんも聞いたことがあるんだろうか。あの人はどんなとき、あんな声を出すんだろう。
「どんなって……どうでもいい話ばっかりよ」
「ジャイアントパンダのうんこがいい匂いとか?」
「カレー食ってる俺にそれ系の話はNGだろうが、弟よ」
苦笑いしつつ、兄ちゃんはカレーをかき回す。俺はライスを口に入れてからルーを追加で食べる。兄弟でも食べ方は全然違う。史人さんは兄ちゃんの前でも馬鹿みたいな話ばっかりしているっぽいけど、それでも兄ちゃんと俺に見せる顔がまったく同じってことはないだろう。だとしたら、どっちに見せる顔が史人さんの素なのかな。
――千冬には関係ない話だよね。
あんな声を史人さんは兄ちゃんにも出すことがあるのだろうか。
「俺、史人さん怒らせちゃったかも」
「史人が怒る? ないだろ。あいつ、俺が約束完全に忘れて、映画館の前で五時間待たせても『啓介っぽい』って笑うようなやつだぞ?」
……それは史人さんがどうこうじゃなくて、兄ちゃんが反省すべき点だと思う。
この人に訊いてみようと思った俺が馬鹿だった。溜め息をつき、自分の部屋へと戻ろうとする俺の背中で、ただなあ、と兄ちゃんが言う声がして、俺は立ち止まる。
「一回だけ、あいつがガチギレしたとこ見たことある」
「え」
階段を上ろうとしていた俺は手すりを掴んでダイニングに顔を突き出す。兄ちゃんはカレースプーンを置き、麦茶の注がれたコップを掴みながらこちらを見た。
いつも馬鹿みたいに明るい兄ちゃんの顔がわずかに陰っていた。
「親ガチャ成功してていいなってからかわれたことあったんだよ。ほら、あいつの親父さん、会社やってるじゃん。四宮物産。知らね? CMやってんだろ」
「知ってる、けど、え?」
どこかの会社の社長だというのは聞いたけど、四宮物産?! 超大手じゃないか?
「全然、知らなかった……」
「あいつはああいうやつだしな。お前が知らなくてもおかしくないけど、俺らの学年だと結構有名でさ、御曹司ってあだ名もつけられてたし。けどあいつ、そういうの言われるのほんと無理っぽくて、親ガチャって言われたとき、ガチギレしちゃって、『代わりたいなら代わってやる。くそが』って言って……まあ、あいつん家、いろいろあったし、仕方ないかもだけど」
「いろいろ?」
「まあ……うん。どこん家でもなんかしらあるからさ」
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