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第18話 自分が好きなものに興味を持ってもらえるのって、こんなにうれしいことだったんだ。
……数日前のことだった。
その日、バイトの休憩時間に事務所に入ると、史人さんとバイト仲間の木村さんが向かい合わせに座って頭を寄せ合っていた。
「なにしてるんですか」
思わず声をかけると、ぱっと木村さんが顔を上げた。
「あ! 芹那くん! 見て見て! 四宮くんの絵!」
「絵?」
ふたりの間に広げられていたのはノートで、そこには鉛筆でクジラが描かれていた。頭にコック帽をかぶり、胸びれでお盆を持っている。ここのファミレスのマスコットキャラ、ハピロンくんだ。ちなみに、なんでクジラなのかは誰も知らない。
唇の曲げ方がシニカルであんまり可愛いと思えない顔をしている。その可愛くなさまで忠実に再現されたハピロンくんが紙の中にいた。
「うまっ」
「そう? 先輩にも描いてあげよっか」
シャーペンをくるっと指先で回しながら、史人さんが微笑みかけてくる。
「こんな特技あったんだ……」
「ちょっとちょっと、まるで俺がなんにもできない子みたいに言わないで」
「違っ」
そんな意味じゃない。むしろなんでもできて目障りなくらいだ。
「他にも描けるの?」
ちょっと興味が出て史人さんの隣の席に腰を下ろすと、もちろん、と笑われた。
「なに描く?」
「じゃあ、シドニー・オペラハウス」
「しど、え、なんだって?」
いつもすっと涼しく横引きされている目が丸くなる。バイトの仕事以外で俺がこの人になにかを教えてあげることなんてないから、そのことにもわくわくして、俺はスマホを操作する。
海の突端。船の帆か、貝の連なりか、あるいは猫の耳か、見る者によって別のものをイメージさせる三角が折り重なった屋根が印象的な、世界にひとつの建物。
晴れた空の下に堂々と建つそれの画像を、史人さんの顔の前に突き出す。
「オーストラリアにある劇場。俺達が生まれるずっと前にできたっていうけど、めっちゃ美しいと思わない?」
「美しい」
俺の言葉がぽつんと繰り返される。そうされて慌てた。
しまった、変な言い方をしてしまった。実際、木村さんは吹き出しそうな顔をしている。
「芹那くんてこういうの好きなんだねー。もしかして建築オタ?」
「あー、いや、そこまででは。なんとなく好きってレベルで……」
「へええ」
木村さんがわざとらしく声を上げる。ああ、この人、史人さんのこと気に入ってるっぽいもんなあ、俺が入ってきたのも嫌だったのかも、なんて考えているうちに、恥ずかしくなってきた。慌ててスマホを引っ込めようとした俺を声が止めた。
「待って。まだ仕舞わないで」
史人さんの目は俺がかざした画面を食い入るように見ていた。さらさらっとシャーペンを持った手が動く。見守っている俺と木村さんの目の前でスマホの中にあった劇場がノートの中へと落とし込まれていく。
重なり合った屋根の曲線が躍動感を持って目の前に広がる。
この人、やっぱり絵、超絶上手い。
「うーん、難しいな。けど……うん。すっごく美しいって俺も思う」
しゃっしゃっとペンが動く音。その音に重なるように深い声が言う。
「世界遺産とかそういうの? これ」
「あ、うん、世界文化遺産になってる」
「そうなんだ。オーストラリアじゃ遠いな。日本だとこういうダイナミックな建築物、なかなか見られないもんね」
「うん……あ! でも、岬美術館は見てみるべきだって思う! 日本建築学会賞受賞してて、ホリ―スナップもMVで使ってるんだよ」
「え、ホリスナ? 俺、めっちゃ聴く」
ノートに落とされていた視線が上げられる。こちらに向けられた目はきらきらしていた。
……自分が好きなものに興味を持ってもらえるのって、こんなにうれしいことだったんだ。
あのときのわくわくするような感情。それを俺は今、バスに揺られながら思い出している。
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