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第20話 「ハズくないよ」
史人さんの目が絵からこちらへと戻ってくる。今、史人さんが見ていたのは、海の底みたいな真っ青な抽象画だ。その絵のせいなのか、淡い色彩の史人さんの目まで寒々しい蒼に染まってしまって見えて、俺は思わず史人さんの腕を掴む。
「夢とかないとだめなの? それだったら俺も別にないよ。建物オタなだけ。でもさ、綺麗なもの綺麗って思ってるだけでもよくない? それ全部未来に繋げないといけないの? 役に立たないことはしちゃだめなの?」
史人さんが呆気に取られた顔をしている。でも一度火が点いた俺は止まらない。
「大体! 俺、史人さんのことすごいって思ってるよ? バイト、俺より後に入ったくせに仕事めちゃくちゃできるし。ヤバい客の相手も平気でするし。この間だってひったくりに向かってくし……それに」
「ストップ」
すっと史人さんの手が伸びて俺の口を覆う。む、と声を漏らす俺に、史人さんがちらっと視線で周囲を見るよう促す。見れば、フロアにいる観覧客がこちらを迷惑そうに眺めていた。
俺としたことが、音量を間違えて詰め寄ってしまっていたらしい。
「ごめ、んなさい」
首を縮め、誰にともなく頭を下げる。史人さんも俺の隣で同じ仕草をしている。その様子を見ていたら消えたくなってきた。
俺、なにやってんだろう。
「あの、史人、さん、ごめんなさい。俺」
「行こっか」
史人さんの手が伸びてくる。その手に腕を掴まれ、フロアを進む。まだ全部の絵を観終わってはいなかったけど、二階から一階へと下りた史人さんは、建物を出て広場へと向かった。
この広場は三角形をしていて、その三角の中に円を組み合わせた幾何学模様に植えこみが作られている。そして、三角形の頂点にはホリスナがMVに使ったと言われている池がある。ただ、白いつるっとした大理石で囲まれたそこは、池というよりプールみたいだった。真上から落ちてきた白い光に眩しく水面を光らせていて、真夏だったら飛び込みたいって思う人もいるかもしれない。
「ここだっけ。ホリスナのロケ場所」
「あ、うん」
のんびりとした声とともに、腕から手が放された。その穏やかな声音に俺はほっとする。大暴走しちゃったから呆れられたかもと思ったけど、この人はそれほど気にせずにいてくれているっぽい。
「綺麗。俺、MV見たけど、夕方より昼のほうが綺麗だね」
「あー、うん。俺もそう、思う」
池の中、水しぶきと夕日で彩られた場所で演奏していたホリスナは確かにかっこよかったけど、昼間の今、乱す者もなく、太陽光にさらされて水面をただ光らせている池のほうが、吸い込まれそうで綺麗だった。
けど……池のことばっかり考えているのもやっぱり違う気が、する。
「あの、史人さん、俺」
「ありがとね、千冬」
俺の謝罪を掬い取るみたいに声が差し挟まれる。とっさに見上げると、史人さんも俺を見下ろしてきた。
「うれしかった。ちょっとびっくりもしたけど」
「大声出して俺、ハズいよね……」
「ハズくないよ」
きっぱりと言って史人さんが目を細める。さらっと風が史人さんの前髪を乱す。揺れる金茶の髪の間から俺を見つめる目は潤んで見えた。
「ほんとにうれしかった。千冬にあんなふうに言ってもらえて、すごく。ねえ」
声がすっと潜められる。一度離れていた手が俺の肩をするっと包む。
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