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第28話 これ、壁ドンじゃね?

 東の声で我に返る。完全に手が止まってしまっていた。 「あー、ごめん。えっと、これ、紙の端をこの穴に引っ掛けておくのな。こうしないとちゃんと出てきてくれないから」 「うん」  神妙に頷かれる。そうされて無性に情けなくなった。  バイト中だっていうのに、全然集中できてなくて、なにが教育係だって話だ。 「ごめん、俺、ちょっとぼーっとしてて。説明上手くできてなかったと思うから、わかんなかったらまた訊いて」  極力明るく言うが、東は黙っている。この二週間、仕事ぶりを見ていて思ったけど、ひとつずつ考えて自分の中で咀嚼してから動くタイプのようだから、今は教えられたことを整理している段階なのかもしれない……などと思っていた俺の腕が、不意に東に掴まれた。 「ちょっと、来て」 「え、なに?」  声を上げるが、その俺を無視した手がずんずんと俺を引っ張る。そのまま通用口を出て、店の外に引き出された。 「まずいって。まだバイト中……」 「そんな顔でフロアに立つ方がまずい」 「そんな顔って……」  ずばっと言われ、俺はとっさに自分の頬を確かめる。別にいつもと変わった様子もない。もちろん、泣いても、いない。 「え、あの、俺、変な顔、してる?」 「してる」 「ど、ど、どんな……」 「しいていうなら……空手もうできないって言われた日の俺の顔に近い」  なんだって?  ぽかんとする俺を見下ろし、東は険しい顔で言う。 「中学のとき、俺、空手本気でやってた。勉強よりも空手が楽しくて。けど、靭帯、やっちゃって。で……空手辞めたんだ。部活も帰宅部になって。その日の俺と同じ顔、千冬、してるから」 「それ……」  こいつにとって傷になっている話じゃないのか? そんな話をなんで今する?  というか……そんな大変なときと今の俺の顔が同じなんてこと、あるわけないじゃないか。 「俺、そこまでつらい顔、してないよ?」 「してるから連れ出してる」  短く言い、東はふうっと息を吐いた。 「やるせないっていうか……納得いかないっていうか……そんな顔、してる」  低い声。その声とともに指が伸びてくる。さらっと頬をなぞられて俺は仰天した。あたふたと東の手を払おうとしたが、その俺の手を東の声が止めた。 「千冬、やっぱり四宮さんと付き合ってる?」 「は……」  史人さんの名前が出てますます動揺した。大きく肩で息をして、やっとのことで声を絞り出す。 「付き合うとかあるわけないだろ。あの人彼女いるし!」 「それ、さっきのあの人? リップがどうこう言ってた」  ああもう。なんだろうこいつ。仕事の勘はあんま良くないくせに、こういうところの勘はいいのかよ。  いらいらしながら俺は軽く壁を蹴る。 「そーだよ! 彼女! 美人で巨乳の! 俺の胸見てみろ! 胸なんて全然ないだろうが! だから俺と付き合うわけねえっての! わかったら仕事戻……」  くるっと体の向きを変え、通用口に向かおうとする。その俺の顔の前を腕が横切った。とん、と壁に手が突かれ、それ以上進めないようにブロックされる。 「……なに、これ」  ふざけてる場合か。いらっとして後ろに下がろうとしたら、そちらも腕で塞がれた。両腕で囲い込まれるようにされてはて、と首を捻る。  これ、壁ドンじゃね?

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