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第29話 「ゲスい言い方すんな!」

「ちょ、なにやってんの! 戻んないと……」 「千冬さ、もしかして四宮さんに二股かけられてたりすんの」  低い声で言われ、俺は口を開ける。  あの人と俺は付き合ってなんていない。メッセは送り合っているけど、特別なことなんてなにも言ってない。おはよう、おやすみ、ゴリラの雄はまあまあシャイ、そんなガキみたいな内容だ。  一緒に出掛けたのだって数えるほどしかない。そんなうっすい関係しかないのだ。ああ、どれだけ望んでも。 「かけられてるわけねえだろって! ゲスい言い方すんな! 馬鹿!」  どんっ、と腕を振り回し、体を押しのける。俺とこいつじゃ体の大きさが違いすぎるから、もしかしたら動かないかも、なんて思ったけど、めいいっぱいの力だったからか、あっさりと包囲網を突破できた。 「フロア、戻るから! お、お前もさっさと戻れよ! いいな!」  言い捨てて通用口のドアを開ける。あまりに息せききって飛び込んだので、ゴミ袋をまとめていた店長にぎょっとされてしまった。 「どうしたの、大丈夫? ってかさぼってた? だめだよー。まあ、今、混んでないからいいけども」 「あ、いや! すみません! そ、その」 「それ、俺捨ててきます」  しどろもどろの俺の脇から声がする。見れば、通用口から入ってきた東が店長の手からゴミ袋を取り上げるところだった。 「あ、悪いね、よろしく」  にこにこと店長が去っていく。その後ろ姿にいつも通り、東はきっちりと頭を下げる。  オーダーを間違えたり、皿を割ったり、こいつはいろいろやらかしてはいるけど、それでも大目玉を食らわずにいられるのは、こういう礼儀正しさがあるからかもしれない。紳士で、誠意が滲んでいて。  だから多分、こいつはこいつなりに俺のことを心配してくれたってことなんだと思う。大体、不登校になったクラスメイトを心配して見舞いに行くくらい、親切なやつだし。そんなやつに「馬鹿」は言いすぎだった。  とはいえ、なんて言えばいいんだろう。  もやもやしながら俺は東に背を向けて仕事に戻る。東はゴミ袋を提げて再び外へ。フロアでは相変わらずの涼しい笑顔で史人さんが接客をしていた。

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