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第30話 「俺、千冬のこと、好きみたいなので」
バイト終わりの集団帰宅はここのところずっと気まずい。
史人さんとはぎくしゃくしたままだし、今日は東とももめてしまった。
東の昼間のあれの意味はよくわからないが、多分、俺を心配したがためなんだろう。なんでもストレートに言うやつだから、裏なんてないんだって思う。
一方の史人さんが俺に対して態度を硬化させたのは、俺の失言のせいだってわかっている。だから謝ったら許してもらえるかもしれない。でも俺は謝りたいかどうかもよくわかっていない。だって。
――実弥。お前なあ。
実弥って呼び捨てだった。彼女だから当たり前だろうけど、史人さんが女子のことを名前で呼んでいるのを俺は見たことがない。バイト先でもみんな苗字プラスさんで呼んでたし。
彼女を呼ぶときの声は俺の名前を呼ぶときとどう違うのか、ついつい比較しようとする自分が本気で、嫌だ。
「四宮さん」
不意に硬い声が響き、俺の思考を破る。声の主を確かめると、東が立ち止まっていた。数歩先を歩いていた俺と史人さんも立ち止まる。
「なに? 東くん」
史人さんがスマホ片手に振り返る。最近の史人さんは会話せず、スマホを眺めていることが増えた。それもまた俺の心を軋ませる原因だった。
「四宮さんって千冬のこと、どう思ってますか」
「……な……?」
頓狂な声を上げた俺の横ですうっと史人さんが視線をスマホから上げるのがわかった。ぱたん、とスマホカバーが閉じられる。
「どうって?」
国道を抜け、市街地に入った場所だったから車の通りはほぼない。等間隔に灯された街灯と、近くに建つマンションのエントランスの灯に照らされ、史人さんの金茶の髪が月光みたいな色で煌めいているのを、俺は呆然と見つめる。
「今日、ファミレス来たの彼女さんですよね。でも四宮さんって千冬と距離、めちゃくちゃ近いですよね。それってどういうつもりでそうしてるんですか」
「……ごめん。意味わかんねえんだけど。なんで尋問されてんの、俺」
史人さんの唇の端がつっと持ち上がる。
「ってかさっきからなに? 彼女が来たから? それがどうかしたの」
お前に関係ない。そう言わんばかりの言葉にずくっと心臓が身をよじる。とっさに胸を押さえる俺をちらっと東が見た気がした。慌てて目を逸らす。けど。
「二股、かけてますよね」
通用口で言われたのと同じ単語にかっと頭の中が煮えた。地面を振り切るみたいに足を進め、俺は東の胸倉を掴む。でかいこいつからしたら痛くも痒くもなかったろうけど、とにかく黙らせたい一心だった。
「お前さあ! ゲスいこと言うなって言っただろ! 大体、俺達そういうんじゃねえし! あるわけねえし! ただの兄ちゃんの友達だっての!」
言い放ったところで息が苦しくなった。
そうだ。ただの兄ちゃんの友達。兄ちゃんがもしもいなかったら、話をすることすらなかった人。だけど。
ああ、どうしてこんなに口の中が苦いんだろう。
「ほら、千冬はそう言ってるよ。この空気、どうすんの、東くん」
東の胸倉を掴んでいた俺の手が背後からの声に震える。そろそろと振り向くと、史人さんは気だるげに首を傾げ、こちらを見ていた。
ただ、その視線は東に当てられていた。東だけに。
「いつも真面目で熱血で。俺、そういうの嫌いじゃねえけど、さすがにいろいろ踏み込みすぎでしょうが」
「踏み込みすぎじゃないです」
きっぱりと言う。長身ふたりが睨み合う間で俺は東の胸倉を掴んだまま困惑する。
その俺をすうっと東が見た。
「俺、千冬のこと、好きみたいなので」
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