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第31話 「……んなの、俺が一番わかってんだよ」

 言葉は史人さんに向けられていた。でも視線はこちらに落とされていて、俺は思わず飛びすさる。  だって今、こいつ……。 「千冬」  けど、それ以上に俺を凍らせたのは史人さんの声だった。 「好きみたい、だって。どうする?」 「どうって、いや、俺」 「千冬もこいつ好き?」 「え! いや、あの」 「あんたさあ! なんでそう千冬の気持ち乱すようなこと言うんだよ!」  いきなり東が吠えて肩が揺れてしまった。あ、というように東がこちらを見る。顔が真っ赤だ。その様子を見てわかってしまった。  こいつ……本気で俺のこと。 「あ、の……俺」 「ってか、ずっとむかついてたんだけど」  俺がなにかを言う前に俺の肩に手が乗る。いきなりの感触にびくっとした俺の気持ちを置いてきぼりに、肩がくいっと掴まれて後ろへと押しやられた。目の前にあるのはライトグレーのブレザーを着た史人さんの背中だった。 「千冬とか……なれなれしく名前で呼んでんじゃねえよ。くそが」  吐き捨てるような声によって完全に空気がひび割れた。東も石化している。その極域さながらの空気の中、史人さんがくるっとこちらを見た。  史人さんは無表情だった。ただ、無でありながらもぴりついた空気が表情から滲み出していて、いつもと全然違う史人さんの顔にたじろぐ。が、俺が驚いたのはその表情のせいばかりじゃなかった。  史人さんの手によって腕が引っ掴まれたことに、俺は驚愕していた。 「え、ちょ、あの」  声を漏らす俺を無視し、史人さんは歩き出す。背が高くて足も長い史人さんが本気の速足になると、ほぼ競歩だ。しかも俺の腕を掴む史人さんの手は大きくて、力も強い。わたわたしている間にその場から遠ざけられる。 「まだ話終わってないです!」  背中で東が怒鳴る。それに対し、史人さんの答えは冷淡だった。 「知るか。お前なんかとこれ以上話させてたまるか」 「はあ?! あんた、よくそんなこと言えるな! あんたみたいな不誠実なやつ、千冬に全然合わない!」 「……んなの、俺が一番わかってんだよ」  その一言はひどく力ない声で、東には届いていなかったと思う。その史人さんの声に俺はたまらなくなった。引きずられながら振り返り、叫ぶ。 「東、ごめん。俺、史人さんと行くな」  ふっと東の目が見開かれる。街灯の下、少し厚めの下唇を歪めたのが確かに見えたけど、それ以上は怒鳴らず、東はただ、こくんと頷いた。 「わかっ、た」  こいつは本気で好きと言ってくれたんだと思う。でも東は自分よりも人のことを考えちゃうやつで。そんなやつだから、史人さんにはわかってもらえない俺の気持ちも、はっきり見えちゃっていたんだろう。  だから、追いかけてこなかったんだと思う。  やっぱりこいつ、すごくいいやつなんだ。  だけど……東がいくら好きって言ってくれたとしても、俺が見てるのは違う人だ。どうしようもないくらい、そうなんだ。 「史人さん」  史人さんは振り返らない。とっくに東の姿は見えなくなっている。それでもずんずんと大股で進んでいく史人さんを止めようと、掴まれたままの手を揺さぶるけど、まったく効果がない。 「史人さんってば」 「……」 「ねえって」 「……」 「いい加減にしろっての! うちこっちじゃねえし!」

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