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第32話 友達

 大声とともに腕を振り払う。そこでようやく手が離れた。なのに、史人さんは頑固で、こちらを向いてくれない。  俺の家から少し離れた、小学校の前だった。俺の母校でもある学校だ。でももう八時を過ぎているから、胸の高さくらいある白ペンキで塗られた門はしっかり閉ざされていて、校庭にも校舎にも人の気配はない。 「史人さん。こっち、向いて」  誰にも聞かれない状況なのに、俺はそろそろと声を発する。大声を出したら全部壊れちゃいそうなそんな不安を感じてしまったために。  それは史人さんも同じなんだろうか。背中は向けられたまま。反応もない。 「なんで、あんなこと言うの?」  すぐそばにある校門と同じくらい、硬く閉ざされて見える後ろ姿に向け、俺は声を投げる。 「東、悪くないのに。あんな言い方したらよくない」 「……なんで最初に出てくんのがあいつの話?」  全然開かなかった門が開くみたいに史人さんが声を発した。首を捻じ曲げ、こちらを見返る。 「千冬、あいつのこと、好き?」  なんだよ、その質問。  意味がわからない。でも……この人がどんな思いで訊いてきているのだとしても、変な誤解はされたくない。 「東はバイト仲間。友達風味の。見てればわかるじゃん。そんなの」 「わかんないよ。俺は千冬のこと、なんにもわかんない。だって俺は友達ですら、ない」  疲れたみたいな声で言う史人さんの顔には苦笑が浮かんでいる。でもそんな顔をされたって俺のほうが困る。  この人がなに考えてるんだか、俺のほうこそ全然わからないんだから。 「史人さんは、どうしたいの」 「どうって?」 「だから……俺と」  出そうになる言葉を俺はくっと呑み込む。だめだ。そんなことあるわけないのに、変なことを言ってしまいそうになる。 「えと、その、友達に、なりたい、とか」  史人さんの目がすうっと見張られる。そのままこちらを凝視してくる。あまりに強い視線で、顔に穴が開いちゃいそうだ。それでもどうにか耐えて見返す俺の前で、ゆっくりと史人さんが瞬きをした。 「友達……だったら、俺にも笑ってくれる?」 「は……」  虚を突かれた俺から史人さんは目を逸らす。さらっと前髪が落ちて目元が隠れる。その前髪の向こうから声がした。 「俺と仲良くするの、嫌なのわかったから……距離置こうと思ったけど、千冬の笑った顔、やっぱそばで見たくて。友達だったら東くんにするみたいに、また笑ってもらえるのかなって」  この人は……一体なんなんだろう。  彼女だっていて。周りからも一目置かれていて。熱い視線だって浴びていて。  にもかかわらずこんなに不安そうな顔をする。拗ねた犬みたいにそっぽを向く。  本当にわけがわからない。けど、もっとわけがわからないのは俺の気持ちだ。  こんな意味不明な人と関わったって自分がしんどいだけなのに、俺はこの人が俺に執着することにどこかでほっとしちゃってる。 「別に、嫌じゃないよ。この間のあれは……ちょっとなんか照れ臭かっただけっていうか」 「そう、なの?」 「うん。だってさ」  東に嫉妬するみたいな、あんな態度を見せてくれたことで、俺はこの人の中に必要な存在だって言われたみたいな気さえしちゃってる。 「友達、じゃん、俺達。でしょ」  ああ、だめだ。こんな言い方。絶対、だめだ。 「……うん」  でも、伏し目がちにそっと、でもすごくほっとしたみたいな顔で笑う史人さんの様子を見たら、全部を明るみに出して並べ立てたいなんて思えなくなってしまった。  俺も史人さんの笑った顔がやっぱり、見たいから。 「ええと、じゃあ、帰ろ。お腹、空いたし」  そそくさと歩き出そうとする。その俺のブレザーの袖口に、くいっと指が絡んだ。思わず史人さんの顔を見るが、恥じらうようにまた顔を背けられる。 「唐揚げ、買ってあげるから。もう少し、歩きません、か?」 「……まあ、いいよ」  もう。なんだって言うんだろう。  でもうれしそうにしてくれる。だから、いい。  頷いた俺の前でなで肩がほっとしたように緩む。  その肩のライン、やっぱりいいな。 「行こっか」  歩き出した史人さんの手は俺の袖口を引いたままだったけど、俺は振り解かなかった。掴まれたままに史人さんの肩を見つめていた。  そうしながら、この角度からこの人のなで肩を、実弥ってあの人も見ることがあるのかな、なんて……思ってしまってもいた。

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