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第35話 「ホテル行こっか」
「コンテストってなに練習すればいいんだろ」
「いつもの接客でいいって言ってたじゃん。気楽に行こうよ」
十一月最後の土曜日、午前中でバイトが終わったこの日、ぶらぶら歩きながらぼやくと、今日は私服姿の史人さんがのほほんと返してきた。ちなみに今日の史人さんのファッションは、薄手のコートにスリムパンツ。どちらも色は黒で、中のシャツだけ柄物だ。肉まんがあくびしすぎて中身が外に出ちゃうイラストが描いてある。どこでそんなの探してくるんだっていつも思う。
「そうはいっても時給減らされたら嫌だし」
「そんな理由で減らされないって。そもそも、先輩の接客に隙などないですって」
「……史人さんに言われるとむかつく」
「ごめんごめんて。あ、そしたらこの後さ」
自分のほうが完璧な接客できるくせに。
不満を前面に押し出した俺の顔を史人さんは目を細めて眺めている。そうして不意に言った。
「ホテル行こっか」
「……はっ?」
え? え? なに、今なんて?
ホテルがどうこう言わなかったか?
確かに今日の午後はお互い時間があるから遊ぼうとは言った。でも、え?
「な、な、な、なに、言ってんの……?!」
「え?」
飛びすさる俺を史人さんがきょとんとした顔で見返す。そのあまりにも、なにか変なこと言いました? みたいな顔がめちゃくちゃ腹立つ。
「そんなとこ行くわけねえだろ!」
なんでこんなことをいきなり言い出したんだろう。もしかしてからかわれているんだろうか。
――本気にすんなよ、ガキ。
またあのときみたいに馬鹿にされるんだろうか。そう思ったらすうっと顔から血の気が引いた。いくらなんでもそんなの、ひどい。
きっと目を吊り上げて史人さんを睨む。が、そこで俺は口を開けた。
……史人さんが、口元を覆って俯いていた。
「あ、いや、ごめん。そういう意味じゃ……ない」
口の中で呟く。その史人さんの耳がかあっと赤くなっていくのを俺は唖然として見つめる。
この人がこんなに赤くなったとこ、もしかしたら初めて見たかも。
ふたりして困っていると、史人さんが髪をふるっと揺するように首を振り、咳払いした。
「違くて。ただ、ホテルのラウンジでお茶してみないかって言いたかったの。ファミレスとはサーブの仕方も違うから、勉強になるよってそれだけの」
「あ、そ、そか」
……なんだ、びっくりした。
というか、考えてみれば、いくら普段から軽口ばっかりの史人さんだって、いきなりそんな誘いを俺にしてくるはずがない。なんつう勘違いしてんだ、俺。
「ごめん、俺が、なんか……」
「あー、いや。俺が悪くて。言葉足らずで。ごめんね」
にこっと笑った史人さんの頬はまだ赤い。さすがにその顔をさらすのが恥ずかしかったのか、前髪をささっと直すふりをしながら、行こか、と背中を向ける。うん、とその後ろについて歩きつつ、俺はそっと胸を撫でさする。
びっくりした。けど一方で、そういうこと……エッチなことをするときの史人さんの顔を想像した自分が確かにいて、そのことに本気で動揺していた。
こんなのおかしいし、だめなのに。なに考えてるんだろう。
「馬鹿、俺」
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