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第36話 「一緒に楽しむんだし」
「え?」
独り言に史人さんが反応する。慌てて首を振って俺は足を早める。
「学生が入っていい場所? ホテルのラウンジなんて」
何気ないふうを必死に装って訊くと、史人さんはほんのりと笑って頷く。
「問題ないよ。学生だけの泊り客だっているだろうし。まあお高めだけど」
もう普段の調子に戻っている。それがほっとするような残念なような。
残念ってなんだ、もう。
思いがけない発言のせいで、気持ちはぐちゃぐちゃだったけど、駅前のシティホテルの一階に店を構えた、ティーラウンジの入り口で俺は目をぱちぱちさせた。
それくらい整然としていて、ファミレスとは全然違っていた。客層もビジネススーツをびしっときた男性や、上品そうな仕立ての服の女性ばかりで俺達みたいな軽装の若造は見当たらない。
「やば……俺、場違い」
「それ言ったら俺も。こんなん着てるし」
ふふっと笑って史人さんが自分の胸を指し示す。そうしながらも、入ろっか、と物おじしない様子で店の入り口に足を向ける。ファミレスの接客とは違う、落ち着いたいらっしゃいませに出迎えられ、俺達は窓際の席に通された。ふかふかの布張りのソファーにそうっと腰かけ、メニューを見て目玉が飛び出しそうになった。種類があるのもそうだけど、結構高い。コーヒー一杯九五〇円もする!
「ここは俺持ち。気にせず好きなの頼みな」
俺の躊躇を読み取ったみたいに、テーブルを挟んだ向こうから史人さんが言う。
「え、なんで」
「誘ったの俺だし。年上だし」
「年上たって一個じゃん。いい。自分で出す」
きっぱりと首を振る。史人さんがメニューに落としていた視線をすっと上げてこちらを見る。
別に意地を張りたいとかそういうんじゃない。年下らしく甘えたほうが史人さんは喜ぶ人だというのは知ってる。でも全部甘えちゃうのはなんかだめな気がした。
「勉強に来たんだし。一緒にその、楽しむんだし」
「ん」
史人さんがそっと目を伏せて笑う。首を傾げて、決まった? と俺に問いかけてくる。ざっと目でメニューをなぞり、俺はホットアッサムティーにした。史人さんはブレンドコーヒー。
ラウンジスタッフの接客はさすがだった。ファミレスとは全然違って、無駄がなく、それでいて気遣いに溢れている。
「エレガントってああいうの言うんだよね」
紅茶の淹れ方からして違う。高い位置からカップへ紅茶を注がれて驚いた。高注ぎという技法らしくて、ああやって淹れると茶葉に空気が含まれて香りが広がりやすくなるんだよ、と史人さんが教えてくれた。
ワンランク上の接客ってやつに俺は委縮もしてしまったけど、会計を終えて外に出たところで興奮を抑えきれなくなってしまった。
「足音しない気がしたもん。気が付いたらもうすすっと脇に控えてるみたいな。忍者みたい」
ああもう、馬鹿みたいな感想しか出てこない。もう少し賢いことが言いたいのに。
でも史人さんはそんな俺をにこにこしながら見下ろしてくる。
そのすっと背筋が伸びた立ち姿はやっぱり俺とは全然違って大人っぽい。馬鹿みたいな話をしているときはでっかい弟みたいなのに、行った場所が場所だったからなのか、今日の史人さんは完全に俺より年上で、遠く感じて寂しくなる。
「史人さんはやっぱり、ああいうとこよく行くの?」
言ってしまってから、これは地雷になるかも、とひやっとした。やっぱり、なんて言い方しちゃったら含みがあるように聞こえてしまう。
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