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第39話 好きってどこに行っちゃうの?
兄ちゃんと俺は一個しか違わない。けど、その一個がまあまあ大きいと思う。
俺が小六のとき、兄ちゃんは、そして史人さんは制服を着て中学校へ行っていた。それはたった一個の年齢以上に大きな変化だから。
そしてその変化のせいで、俺は全然史人さんに寄り添えていなかったんだ。
兄ちゃんの話はそう俺に後悔させるくらい重いものだった。
「史人に兄貴がいたの、お前、知ってる?」
「え、いた、っけ?」
「兼人 さんって言ってさ、史人より七個上。あんだけ歳離れてると一緒に遊ぶとかって感じじゃないし、俺もあんま知んないんだけど」
「うん」
「その人がな、家出てったんだよ。史人が中二のとき」
この部屋には小型冷蔵庫がある。不法投棄されてたのを拾ってきて、兄ちゃんが勝手に直したやつだ。そこには、兄ちゃんの大好きな炭酸飲料が山ほど冷やされていて、ラインナップはその時々で違う。今日、俺に差し出されたのは「桜モモソーダ」ってやつだった。
「理由は、兼人さんがゲイで、そのことに親父さんが激怒したから」
俺と同じものを手にした兄ちゃんが、ぷしゅっとキャップを開けながら続ける。
「兼人さんのこと、俺もそんな覚えてないけど、すげえいい人だったのは覚えてんの。史人の家行ったとき、宿題見てもらったこともあるし。ゲイかどうかとかも知らなかった。ただ、史人が後で教えてくれたんだけど、恋人をさ、親父さんに紹介しようとしたらしいんだよ。けど、史人の父さんってまあ、古くて。親子の縁切る! ってなって。ああそうですか結構です、って兼人さんは出てっちゃってそれっきり」
「知らなかった」
史人さんからはお兄さんの話なんて一度も聞いたことがなかった。そりゃあ気軽に話せる話でもないんだろうから、言わなくて当たり前かもしれないけど、兄ちゃんには話していたんだと思ったらやっぱり、悔しかった。
「なんで教えてくれなかったのかな」
「お前には言えないかもなあ」
「そりゃ、幼馴染の絆には負けるけど」
「じゃなくて、お前、さっきのDM見て、どう思ったの」
問われてびくっと体が震えてしまった。きゅっと膝の上で拳を握る俺に向かって、兄ちゃんは問いを重ねてくる。
「史人がゲイやめたって聞いて、なに考えた?」
「あ……ええと」
ゲイをやめた。
その一文を見た瞬間に思ったのは……。
それはいつのことなんだろう、だった。
だって、ゲイをやめたってことは……どこかのタイミングまでは史人さん自身が自分をゲイだって思ってたってことで。だとしたら。
好きって言ってくれた、あのときはもしかしたら……。
――史人さん、俺のこと、好き、なの?
――……うん。好き。
あの会話をした、あのとき、史人さんは俺のこと、好きだったのかもしれない。
友達の弟とか、そういうんじゃなくて。俺のことを俺と同じ意味で。
でもそれをやめたって、あの人は、史人さんの彼女という人は、言う。
でもそれって……。
「ゲイって、やめちゃえるもの? ゲイだって自分を認めてたときの好きってどこ、行っちゃうのかな」
ぽろぽろっと声が出てしまった。完全に無意識だった。やばっと口を押さえたけど、もう遅かった。
兄ちゃんはじいっとこちらを見ている。その目に浮かんでいる感情がどんなものか、読み取る度胸はなくて、俺はすぐさま顔を伏せる。
「俺さ、好きな子、いんの。お前に言ってなかったけど」
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