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第43話 この人、本気で好きなんだ。

「……お待たせしました」  バイトで培ったスキルを総動員して頭を下げる。その俺の腕を彼女はむんずと掴んだ。 「じゃあ、行こっか」 「え」  会ったらいきなり怒鳴りつけられるくらいは覚悟していたから、押し殺した声でそう言われて面食らった。次いで襲ってきたのは、一体どこへ連れていかれるんだ、というひやりとした恐怖だった。  知り合いに依頼して、生意気な後輩をよってたかってボコる、なんてシーンを映画で観たことがある。それ系のことが起こるかもしれない。  だとしたらここで話をつけたほうが……。  そうも思ったけど、俺はそうしなかった。理由はふたつ。  びびったなんて思われたくない、というのがひとつ。もうひとつは……どんな状況に陥ろうとちゃんと向き合わなきゃと思ったから。 「はい」  こくんと頷くと、実弥さんは驚いた顔をしたが、それ以上言わずに俺の腕を引っ張って校門を出た。 「乗って」  ……けど、まさか、黒塗りの、堅気じゃない人が乗っていそうなこんな高級車に案内されるとは思わなかった。  学校から目と鼻の先に駐車された車の傍らには、瞳が見えないほど濃いサングラスをかけ、黒スーツを纏った男がいて、恭しく後部座席を開けて待っている。  ボコられるよりヤバいことになるんじゃ。さすがにひやっとした俺の内心に気付いたのか、先に車に乗り込んでいた実弥さんが短く舌打ちした。 「うち行くだけ。あんたみたいな庶民と違って、うちも史人の家も背負ってるものがあんの。無駄に人目につくと史人が迷惑する。わかったらさっさと乗って。面倒臭い」 「は、い」  史人さんに対するのとはずいぶん態度が違う。居丈高で可愛さなんて全然感じない。  ただ……彼女のこの一言でわかった気がする。  この人、本気で史人さんが好きなんだ。  それに気付いたら、躊躇は消えた。 「ありがとうございます」  俺のためにドアを開けてくれているサングラスの男性に声をかけて乗り込むと、実弥さんが軽く目を見張った。が、すぐに目が逸らされる。 「生意気」  忌々しげに吐き捨てただけで、実弥さんはそれっきり口を噤んでしまった。  そのまま黒服の男性の運転する高級車に揺られること、数分。到着したのは、家というには巨大すぎる、それこそ文化財みたいな巨大な日本家屋だった。こんな状況で訪れたんじゃないなら、中庭をぐるっと囲むようにして作られた縁側を端から端まで歩きたかったし、イグサの香りが満ちた部屋をひとつずつ見学させてもらいたかった。 「……実弥さんのお宅ってやっぱり、その筋のおうちなんですか」  居間なのだろうか。畳敷きの部屋にペルシャ絨毯を敷き、重厚な黒皮のソファーセットを置いた部屋に通されたところで訊いてみる。床の間に飾られている刀は本物だろうか、レプリカだろうか、とびびりつつ。 「その筋だったらどうする? 大人しく引いてくれる?」  もし本当にその筋だったらめちゃくちゃ怖い。父さんにも母さんにも迷惑をかけちゃうかもしれない。だからここで引き下がったほうがいいのはわかっている。でも、やっぱり嫌なんだ。  思い出したのは、史人さんが時々見せる寂しそうな顔。  スマホを見ているとき。  ひとりでぼんやり佇んでいるとき。  普段はあんなに馬鹿話ばっかりするくせに、時々別人みたいに寡黙になる。ひとりぽつんと別の世界に行っちゃったみたいな顔をする。あの顔を見ると……俺は苦しくなるんだ。  そばに行きたくて、たまらなく、なるんだ。 「……脅しに屈するのは嫌です」  震えそうになりながらそう声を発する俺を、実弥さんは無言で睨んでいたが、やがてはっと息を吐いた。 「可愛い顔してるくせに、めちゃくちゃ強情」  くそ、また可愛い言われた。なんでどいつもこいつも可愛いって言ってくるんだ。  俺は自分が可愛いなんて絶対思えない。思われたくもないし、言われたくもない。  言われていいのはやっぱりあの人だけで。だから。 「俺、可愛くないです」  きっぱりと言うと、実弥さんが苛立ちを顔にはっきりと刻んだ。 「本気で可愛いって思ってるわけないでしょ。言っとくけど、あたしの方が一億倍可愛いから」 「そうだと思います」  素直に頷いてやる。実弥さんは一瞬ぽかんとしてから、つん、と顔を背ける。つやつやした唇を歯で噛みしめてから、実弥さんは低い声で言った。 「あんたさ、史人のとこのお父さんと会ったことある?」

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