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第45話 詰んでるかも。

 低めの女の人の声だ。慌てて壁に手を突いて体を支える。その俺の顔がひょい、と覗き込まれた。高い位置で結んだ髪が、ゆらっと揺れた。 「わかんないでしょ。ここ、ほぼダンジョンだもんね」  この人、確か、実弥さんと一緒にファミレスに来た人だ。 「啓介の弟くんだよね」 「え、あ、はい」  またもこっちのことが知られている。目を白黒している俺に、彼女はおっとりと笑った。 「ああ、私、啓介とは小学校、中学校同じクラスだったんだ。まさかの九年間。すごくない?」 「はあ」  一度もクラスが別にならないなんて確かに珍しい。しかしそんな兄ちゃんの元同級生がなんでこんなとこに、という疑問が顔に出ていたのか、彼女は俺が出てきた部屋の襖をついと指差した。 「私、実弥の双子の姉なの。二卵性だから似てないと思うけど」 「え!」  じゃあ、この人も史人さんの事情を全部知っているってことだろうか。まじまじと見つめる俺を面白そうに眺めてから、彼女は小声で言った。 「なんかさ、実弥が暴走してごめん。あいつ、無駄に調査能力高いから……。DMまで送ったって聞いて、さすがに注意したんだけど。まさか拉致までするとは。ごめんね。ちゃんと家まで送るから、警察は勘弁してやって」 「い、いや、そんな! 通報なんてしないし、帰れるんで!」  あの黒塗りの車に押し込められるのは、もう勘弁だ。慌てて手をひらひらさせると、そう? と首を傾げてから、彼女はスマホを引っ張り出した。 「んじゃ、啓介に連絡しとく。場所、わかんないでしょ。迎えに来てもらおう」 「いやいや! 兄ちゃんに迷惑かけるの嫌なんで、連絡しないでください! 俺、ひとりで大丈夫なので!」 「迷惑かけるの嫌、か」  拒否すると、彼女は大きな目をゆっくりと瞬いた。その仕草は確かに実弥さんに似ていた。 「なんか君はあれだね、啓介より史人に似てるね。史人もそんなだもん。助けてって全然言えなくてあっぷあっぷしてる。そういうの見ちゃうと手差し出したくなるんだよね。特に実弥みたいにずうっと史人追っかけてた子は。その意味で罪作りだよ。史人は」  冷たい声に俺はぴくりとする。先ほどまであった笑顔が、すうっと彼女の顔から消えた。 「好きな子いるのに、他の人間の気持ち乱すなんて最低でしょ。ってかさ、親がなに? 関係ない。兼人さんみたいに好きにすればいいんだよ。馬鹿馬鹿しい」  吐き捨てる彼女を俺は呆然と見つめる。その俺を彼女はきっと鋭い目で見た。 「君もさ、実弥に詰め寄ってる暇あったら、史人にがつんと言いなよ。ああいうやつははっきり言ってやんないとだめなの。見てらんないよ。史人、君のこと大好きなのに」 「……だっ……いや、なんで、そんな……」 「ファミレス」  さらっと言って彼女はふるっと長い髪を揺らす。 「実弥と行ったとき、私、史人観察してたの。そしたら、仕事しながらちらちら君見てんだもん。途中で君がレジにいたイケメンくんとどっか行っちゃったときも、気が気じゃないって顔してた」  あのとき、この人に全部見られていたのか。返す言葉を持たない俺を彼女は冷淡な目で見据える。 「実弥にはこれ以上、変なことしないように私が注意する。でも、君もさ、史人のこともうちょっと見てやって。実弥にあんなこと言うんだから、責任取って笑わせてみせなさいよ」  厳しい声音だった。呆然とする俺の前で彼女は腕を上げ、廊下を指差す。行け、ということらしい。  その後、どうやって実弥さんの家を出たのか、正直、あんまりよく覚えていない。  黒服の人に見送られながら玄関を出て、闇雲に足を動かしていて、見覚えのあるコンビニが見えてきたところで体から力が抜けた。 「はあああ……」  深い息が漏れてしまう。足元もなんだか覚束ない。でもバイトに行かなきゃならない。遅刻すると伝えただけだし。  ただ、正直、今日は行きたくなかった。  だってあそこには、史人さんがいる。  実弥さんとあんな話をした後に、史人さんを普通の顔でなんて、見られない。  さぼってしまいたいが、今までずる休みなんてしたことがない。それに史人さんと接客コンテストの練習もしないといけない。あと一週間しかないし、引き受けちゃった以上適当にはできないし。  ああ、もう、俺、詰んでる。

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