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第46話 なんで俺には言ってくんないの?
「芹那くん、遅かったねえ。居残りでもさせられてたの」
義務感だけで足を動かしたせいか、ずいぶん遅れてしまった。俺を迎えた店長にそう言われ、俺はぎこちなく頭を下げる。
「えと、はい、そうです。赤点をまあまあの数……」
「なんと! バイトも大事だけど、学生さんは学業第一だからね。無理しないで、勉強のほうが大変ならちゃんと言うんだよ。シフトなんとかするから」
店長は今日もいい人全開だ。大嘘をついて遅刻しているのが猛烈に申し訳なくなる。
「……ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。そんな謝らないで。ちゃんと連絡してくれてるんだから。ね。ほら、着替えてフロア出て」
深く頭を下げる俺に、店長が慌てたように坊主頭をけしけしする。その店長に見送られながら更衣室へと俺は向かう。
皆フロアに出ているから、無人だ。その無人の更衣室で俺はのろのろと制服を脱ぐ。スローリーに着替えを済ませ、ロッカーのドア裏の鏡を覗く。
めちゃくちゃげっそりしていて、これから接客するやつの顔じゃなかった。
「うー」
唸りながらぺしぺしと頬を叩き、フロアへ出ると、真っ先に目が合った人がいた。
すっと伸びた背筋。さらっと額に落ちる金茶の髪。その前髪の奥から心配そうな目がこちらを見ている。
「千冬」
深い声が俺の名前を呼ぶ。いつもは「先輩」のくせに、今日に限ってそんなふうに呼ばれたら、どうしていいかわからなくなってしまう。
「顔色悪い。大丈夫?」
「平気、なんでも、ない」
ぷるっと首を振って顔を背ける。と、ちょうどよく呼び出しボタンが鳴った。ハンディを手に俺は史人さんの脇を離れる。
ちゃんと話したいと思うのに、どうしても顔が見られない。
そんな状態だからか、今日の俺はミスをしまくった。オーダーも間違えたし、ドリンクバーの補充も失敗した。
挙句にパフェをホールへ運ぼうとしてけつまずき、通りかかったスタッフの制服を思いっきりクリーム塗れにしてしまった。
しかもその相手が……。
「ごめん、あの、取れ、そう?」
そろーっと更衣室脇のトイレを覗くと、史人さんが制服のベストを脱ぎ、洗面台で洗っているところだった。
「あー、平気平気。大体取れたら、クリーニング回してくれるって店長が」
「ごめん……」
「いいって。制服なんて汚れるから着てるわけだし、予備もあるし。そんな気にすんなよ」
にこっと史人さんが笑う。いつも通りの笑顔にとくっと心臓が鳴く。
ヤバい、どうしよう。今日は気持ちのアップダウンが大きかったからか、ちょっとした刺激で泣いちゃいそうだ。
「千冬?」
史人さんが覗き込んでくる。俺だけをまっすぐに見てくれる目はいつも通り、深くて温かい色をしていると思う。
でも、この人はなにも言ってくれない。兄ちゃんにも、実弥さんにもいろいろ話したくせに、俺にはなんにも。
それが、悔しくて、苦しくて、たまらない。
「俺、幸せってよくわかんない」
「……ん? なに? 宗教的な話?」
すらっとした首が傾げられ、いつもみたいに軽く返されて苛ついた。
「じゃなくて! そうじゃなくて……」
ああ、もう。どう言ったらいいかわからない。ただ胸の中にとげとげがいっぱいあって、引っかかって仕方ないんだ。
「キスしたら、幸せになんの? 史人さんは」
「……はっ?」
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