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第49話 「キスさせてって言ったら、どうする?」

 今もまだ自分の前髪を鷲掴んでいる史人さんの腕にそろそろと手を伸ばすと、史人さんがはっと顔を上げた。探り当てた史人さんの腕を俺はきゅっと握り締める。 「傷つけたくないとか、困らせるとか! そんなの史人さんの勝手な思い込みじゃん。ってか! ってかね! 俺はとっくに傷ついてるから!」  掴んだままの腕をぐいぐいと揺さぶり、俺は史人さんに詰め寄る。思わずというように史人さんが俺を凝視する。その目を覗き返して、俺は叫んだ。 「史人さんが実弥さんとキスしたって聞いて! 俺、すごく嫌だったんだから!」 「それ……」  掠れ声が落とされる。そうされて俺は我に返った。  頬に滴ってしまった涙を拳で乱暴に拭き、史人さんの腕から手を解こうとする。その手が逆に掴まれ、俺は声を失った。 「俺、ほんとだめだ」  俺の手を掴んだまま、史人さんは俯いていた。しかも……手が震えている。俺に伝わってしまうくらい、はっきりと。  とっさに俺は掴まれていなかったほうの手も伸ばし、史人さんの手を包む。ゆらりと史人さんが顔を上げた。 「だい、じょうぶ?」  ああ、もっと気の利いた訊き方ができないのか、俺は。こういうところがガキなんだ、と自分で自分が嫌になる。史人さんも呆れたかもしれない、と思ったけど、こちらを見る史人さんの顔には呆れなんてなくて、ただ、淡い笑みだけがふうっと浮かんだ。 「……大丈夫、じゃない」  史人さんの口から初めて聞いた、大丈夫じゃない、に俺は慌てる。宥めるように握った手に力を込めるが、史人さんの震えは収まらない。  この人がこんなに震えているのは、俺のせいなんだろうか。だとしたらどうしよう。なにをしたら……と慌てている俺を史人さんが不意にまっすぐに見た。 「千冬さ、訊いて、いい?」  掠れた声に俺は動揺しながらこくこくと頷く。その俺に向かってすっと一歩が踏み出された。体と体の距離が近づいてどきっとする。  すごく近い距離から、すうっと小さく息を吸う音が聞こえた。 「キス、させてって言ったら……千冬は、どうする……?」  問われて、どくん、と大きく体が震えた。  かっと頬が熱くなる。逃げ出したくなる。だってキスなんて、したこと、ない。  それこそ……怖い。でも同時に思ってしまってもいる。  この人が他の人とキスする。ううん、キス以上のこともするかもしれない。そのことのほうがよっぽど嫌で、痛いって。  もっといろんな気にすべきことを聞いたのに、一番引っかかってしまったところがそこだなんて、我ながらどうかとは思うけど、でもやっぱりごまかせなかった。  俺は嫌だった。史人さんが他の人とキスしたことが、どうしても。  だったら……それをちゃんと伝えるべきだ。俺は史人さんをたくさん詰ってしまったけど、俺だって卑怯だった。友達だなんて言葉に逃げて。決定的なことをなにも訊かず言わず、そのくせ、史人さんの特別になれてないって駄々をこねて。  自分から踏み出してないくせに、そんなの虫が良すぎるし、そんな自分、俺は嫌いだ。 「する」  だからきっぱりと言った。目を見てまっすぐに。 「ってか、したい。史人さんは、どう?」  ふっと史人さんの瞳が揺れる。俺の手を握る手にきゅうっと力が込められるのを感じながら、俺は史人さんの言葉をひたすらに待つ。 「俺は……」

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