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第50話 できるわけ、ない。
エンジン音の狭間で史人さんが囁く。すがるみたいに史人さんの手が俺の手を包み込んだ。
「俺も、したい」
滲んだ声で言われてくらくらした。足元が揺れてふらつく。その俺の体を、史人さんの手が引っ張り起こすように支えた。
見上げると、史人さんもこっちを見た。俺よりも明るい色の目が通り過ぎていく車のライトに照らされてきらきらしている。その目をもっと見たくて俺は少し背伸びした。
透明な水の膜の上、ゆらめく光。まるで天の川みたいで綺麗だけど、すごく痛ましくも思えるそれを、俺は必死で瞳に転写する。その俺の手を史人さんの手がきゅっと握りこむ。
衣擦れの音を立てて、コートとコートが触れ合い、顔が近づく……。
「ごめん」
けど、唇が触れそうで触れない、吐息が混ざりそうなそんな場所に投げ込まれたのは、ひび割れた声だった。
するっと史人さんの手が俺の手から解ける。逃げるみたいに史人さんの足が一歩、後ずさった。
「ごめん、千冬」
「史人、さん?」
「ごめん」
くっと史人さんの目が閉じられる。史人さんの羽織ったコートの裾がぱさり、と風に翻った。そのまま俺の脇を史人さんが通り過ぎていく。冷えた冬の風に頬をなぞられ、俺は慌てて振り向く。
「史人さん! 待って!」
叫んだけど、史人さんは振り返らなかった。そのまま駆け去る背中を、俺は呆然と見送る。
「俺……が、怖がらせ、ちゃってる?」
わからない。こんな経験、ないから。
でも正面からぶつかるべきって思ったんだ。ちゃんとぶつかって話して。それで解決できるって思っていたんだ。これまで、どんなときだってそうしてきたから。
ただ……俺は間違えたのかもしれない。史人さんはあんなに震えていたのに。
それを無視して詰め寄って。
けど、他にどうしたらよかった? なにも言わず友達でいればよかった? 笑って、ただ、どうでもいい話して。それだけで。
――千冬。
名前を呼んでくれる声。頭を撫でてくれる手。くすっと耳元で笑った、そのとき耳たぶにそっと触れた吐息。
それら全部をうれしいと思った気持ちを、なかったことにすれば、よかった?
「できるわけ、ないよ」
俺はずるずると路上に蹲る。その俺の頬を風がなぞる。冷たすぎるそれに押されるようにして俺は泣いた。冬の始まりの冷気に冷やされた国道の片隅で。
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