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第56話 「行くぞ」
指の先を辿ってみると本当に店長がいた。お客様役でちゃっかり席についていて、相席になった誰かと談笑している。
「応援じゃなくて審査員じゃん……」
「食えないよね、あの人」
くすくすと史人さんが小声で笑う。その声を聞いていたら、じわっと胸が熱くなってきた。比例するように緊張が解けていく。
この人は……気付いてくれていたのだろうか。俺ががちがちになっちゃってたこと。
きっとそうだろう。普段からスタッフの異変を誰よりも早く察知してフォローに入る人なんだから。だから、これは仲間としての気遣い。きっとそう。でも。
「史人さん」
「ん?」
説明が終わり、ぞろぞろと待機場所へと移動する。その波に乗りながら呼びかける俺に、史人さんがいつも通りのテンションで返事をしてくれる。
「ありがと。よろしく」
だから、そっと拳を作って史人さんの前にかざしてみた。いつもの俺がしそうなそんな顔で。
俺が出した拳を史人さんは見つめている。やっぱり少し強張ったその表情に、変なこと言っちゃったかな、と後悔する。が、
「ん」
ふっと史人さんの目が笑みの形に解けた。次いで俺より大きい手によって拳が作られ、こつん、と俺の拳に当てられる。
その様子に俺はほっと胸を撫で下ろした。
うん、きっと大丈夫だ。
が、和やかな気持ちになれたのも束の間、待機場所にと通された小部屋で、俺は震えあがっていた。
俺達の順番は八番目。その間に他の参加者の様子も見られる、と思ったのに、順番が来るまでは見ないようにと言われたために。
「なにこれ。怖いんだけど」
びびる俺の横で、史人さんも腕組みして唸っている。
「これ、あれかも。ブラインド調査みたいな」
「なにそれ?」
「商品アンケートとかで、どこのメーカーの、なんて商品か、なにも聞かされずに味だけで答えさせるアンケート方法があるんだよ。あれみたいなものかも。前知識まったくなしの状態の素の俺達が見たいってことじゃない?」
「えええ~。店長、そんなこと言ってなかった」
史人さんとふたり、パイプ椅子に座ってこそこそと話す。他の参加者も同じようなもので、めいめいで会話をしている。
「バイト代、減らされないよな」
「大丈夫。先輩がなんかやらかしたら俺がしっかりカバーします」
バイトモードで行くと決めたのだろうか。先輩、になった呼び名に胸が騒ぐ。けどそれを顔に出さず、俺は普段通りの顔をした。
「それはこっちの台詞。足引っ張んないでね」
「はい」
……そこは、そっちこそこの間、俺のベストにパフェぶちまけたくせに~とか言うところじゃないか?
やっぱりいつもとは違う。無理してる感じがする。そう意識したら、また緊張が体に戻ってきた。
「次、八番目のチームお願いします~」
狙いすましたように、ドアの向こうから声がかかり、俺は漫画みたいに椅子の上で跳ねた。慌てて立ち上がった拍子に椅子の脚を思い切り蹴飛ばしてしまう。派手な音が出て、すみません、と誰に言うでもなく呟いたその俺の傍らで史人さんも立ち上がる。その刹那。
「先輩なら、大丈夫」
かすかな声がした。それは、俺の背中に一本芯を通してくれるような確かな声で、それを聞いたら、もう怯えてなんていられなかった。
俺が年下で、なんにもできないガキであることは変わりない。でも同時に、俺は史人さんの「先輩」でもあるんだ。
だったら励まされてばっかりじゃだめじゃん、俺。
「行くぞ」
偉そうに言ってやると、史人さんは軽く目を見開いてから、にこっと笑って、「はい、先輩」と言ってくれた。
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