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第58話 なんであんたそう、かっこいいんだ。
すっと男の前に氷がふんだんに入れられた水のグラスが差し出された。
「とにかく冷やされたほうがよろしいかと」
「お、おう」
あまりにするっと出されたので怒鳴るタイミングを失ったらしい。思わずというように男はグラスの水を口に運ぶ。しかしまだ終わっていなかった。
「こんな水くらいでごまかされないからな! 火傷させられてんだし、慰謝料もらってもいいくらいだけど、そこを支払いチャラにするだけで許してやるって言ってんだ。当然、ここは……」
「申し訳ありません。お客様」
史人さんが俺の横で床に膝を突く。その状態で男を見上げる。沈痛な表情を作って。
「それはいたしかねます」
「はあ?! お前じゃ話にならねえ! 店長を……」
「お怒りはごもっともです。けど、ここでお客様のおっしゃる通りにしてしまったら、お客様とは違い、よからぬ思いで無銭飲食しようとする方たちの要望をすべて叶えることになってしまいます。そうなりますと、ハッピーロンドの業績は悪化し、お客様へこれまで通りのサービスが提供できなくなってしまいます」
……史人さん、すげえ。
さらさらっと言葉が紡がれる。あまりにも滑らかに、しかも真に迫った言葉に気圧されたのか、怒鳴っていた男性もぽかんと口を開く。
「もちろん、お客様はそのような思いで今、私共にお言葉をくださっているのではないと承知しております。純粋にお食事を楽しんでいただいていたのだと理解しております。しかしどうか、ここはお怒りを収めていただけませんでしょうか」
ちらっと史人さんが俺を流し見る。慌てて俺も史人さんの隣に膝を突く。
「どうかお願いいたします」
「お願いいたします」
「……もう、いいわ」
俺達の頭の上でぼそりと男性が言う。あっち行け、というように手を振られ、ほっとする。なんとか乗り切れた。そろっと立ち上がり、一礼する。それぞれ業務に戻りながら、史人さんの顔を見ると、史人さんもこちらを見ていた。
その史人さんの片目が軽く瞑られた。この人はバイト先でも時々これをやる。他のやつがやったら絶対、なんそれ、なのに、史人さんがやるとやけに様になる仕草だ。それを見たら、笑みが零れてしまった。
考えてみれば、今の、再会したときとまったく同じシチュエーションじゃなかったろうか。
あのときも、鉄板で火傷したって騒いでいる人がいて、まだバイトでもなかったのに、史人さんが割って入ってきて、鮮やかに助けてくれた。
しかも……助けられた側が必要以上に気を遣わせないでいいように笑ってくれたりもした。今みたいに。
ああもう。ほんと。
……なんであんたそう、かっこいいんだ。
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