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第59話 「雑談じゃない」

「はい、そこまでー。おつかれさまでした。着替えて控室でお待ちくださいね」  アラームの音が鳴り響く。審査終了が告げられ、肩から力が抜ける。やっと解放されてくたくたになりながら、フロアを出たところで、ぽん、と肩が叩かれた。 「おつかれ。先輩」 「あ、いや、俺より史人さんのほうだろ。さっきのすごかった。あの鉄板の」 「え? いやいや。マナーブック読んでああいうときの対処方法、知ってただけ。そんな大したことじゃ」  照れたように史人さんが目を伏せる。その顔を見ていたら、どうしても言いたくなった。 「大したことじゃなくない。そばにいてくれて……ありがと。すごく心強かっ、た」  ふっと史人さんが目を開ける。が、合いそうになったタイミングで、視線は慌ただしく逸らされた。 「ごめん、俺、ちょっとトイレ」 「……は?」 「めちゃくちゃ我慢してて漏れそうなんだわ。先、着替え行ってて」 「あー、うん……」  逃げるように背中を向けられ、忘れていた胸の痛みが再び存在を主張してくる。  やっぱりもう……前みたいに笑ってはくれないのかもしれない。  ――あとで時間、くれる? 「話って、なんだろ……」  今朝の史人さんの声を思い出し、憂鬱になる。溜め息をついたところで思い出した。インカムを着けっぱなしだった。  これも外しておかなきゃ、と耳からイヤホンタイプのそれを外そうと手をかける。その俺の手を止めたのは、声だった。 『千冬』  声はまだ耳に着けたままのインカムから聞こえていた。 「え、びっくりした。史人さん?」 『そう』 「なにしてんの? え? なんかあった? トイレで具合悪くなったとか」  あたふたと歩き出した俺を、史人さんが軽やかな声で、大丈夫、と止める。 『トイレってのは嘘。少し話したかったから』 「話って……待って。これ、審査してるとこに聞こえちゃわない?」 『あー、どうだろ。多分大丈夫じゃね? キッチンとは別チャンネルだし。ここ、フロアも違うし。ってか、聞こえてもいいかなって思って』  そんな軽いノリでいいんだろうか。給料、減らされちゃわないか? 「個人的雑談はインカムでしちゃだめって店長言ってたよ」 『雑談じゃない。告白』  すとんと落ちてきた言葉に、俺の足が、止まる。  かすかなノイズの向こうで、俺ね、と囁く史人さんの声が聞こえた。 『千冬のことが好き。すごく、すごく。俺も、ぎゅっとしたい。千冬のこと』

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