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第62話 「そんなんしてたらどっか行っちゃうからね」
「え、お兄さんって、あの、兼人、さん?」
「あー、そっか、実弥から聞いた? それとも啓介……まあどっちでもいいや。うん。ゲイってだけで勘当された人」
軽い口調で言ってから、史人さんは目を細める。
「あの人が今、どんなふうになってんのか、知るの怖くて、俺、連絡ずっと取ってなかったんだ。あの人の今は未来の俺の姿かもなんて思っちゃってたからね。ゲイとして生きるってどういうことか、突きつけられる気がして」
あそこ座ろうか、と史人さんがバス停脇に備えられたベンチを指さす。頷いて腰を下ろすと、ひやっとした冷たさがコート越しに沁みた。ベンチの冷たさにたじろぐように、史人さんが足を組みかえる。
「けど、拍子抜けした。兄貴、めっちゃ幸せそうなんだもん。ってかさ、カフェやってんだよ、あの人。恋人の晴彦さんと。おいって思った。俺が親父に締め付けられてるときにあんたは気楽そうでいいなって。実際、そう言っちゃったけどね、あはは」
「あはは」
笑う史人さんに俺も合わせて笑ってみる。けど史人さんも作り笑いだったみたいで、笑顔はすぐに引っ込んだ。
「なんかさあ、ほんとむかついて。兄貴に当たり散らしたんだよね。そしたら言われちゃった。『人のせいにすんな。んなの全部、お前が馬鹿なだけだ。勝手に絶望して勝手に相手振り回して迷惑極まりない。ぐちゃぐちゃ言ってんな、くずが』って」
「な、なんか、男前だな……」
「うん、男前。千冬みたい。千冬も言うじゃん、そういうこと」
俺、そんな口悪いか? 首を捻っている俺の横で史人さんがくすっと笑う。
「あれで思ったわ。俺ブラコンなのかもなあって。最初に千冬のこと好きだなって思ったの、お前にきっぱりはっきり拒否られたからだし」
「え、そんなことしてないよね?」
「したじゃん。千冬って呼んでいい? って軽く言ったら、嫌です、って即答してきた。あの切れ味がかっこよすぎて惚れたんだよね」
なんだそれ。
「……普通、それで好きにはなんなくない?」
「俺にはああいうのできないから。まあまあ人の顔色見て生きてっからね。特に親父の」
けど、と史人さんは背もたれに体重を預けて空を仰ぐ。
「もうやめようって思った。人がどうとか、どう見られるとか、先読みして震えたりとか。そんなんしてたら、どっか行っちゃうからね」
「え、なにが?」
「んー」
唸りつつ、史人さんがゆっくりと身を起こす。
なに、と言う間もなく、冷たい指先に頬が包まれ、俺は飛び上がる。
指先が、頬を冷やす。けど、なんだか触れられたとこが熱いような気も、した。
「この人。芹那千冬さんって人が」
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