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#13: 昏倒したジュリアの過去: オメガとしての劣等感と、偽りの女を演じる歪んだ理由

風を切る鋭い音とともに、鈍く重い衝撃音がテラスに響き渡った。 アニーが全力で振り下ろした黒檀のステッキは、床に平伏するルーシャではなく、彼に覆い被さるように飛び込んできたジュリアの顔面を容赦なく打ち据えていた。 「……ぃっ」 ジュリアの口から、声にもならないくぐもった悲鳴が漏れる。激痛に顔を歪めながらも、彼女はルーシャの身体を絶対に離すまいと、その腕に限界まで力を込めた。 「ジュリア様……っ!?」 目を見開くルーシャの腕の中で、ジュリアの身体が糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちる。 一瞬の静寂の後、テラスは狂乱の渦に包まれた。 「ェ…」 アニーは自らの手が犯した惨劇に顔から血の気を失い、震える手からステッキを落としてその場にへたり込んだ。〜カラン…、と無機質な音が大理石の床に転がる。 「何をしているのです!! 早く、早くお医者様を呼びなさい!!」 ペンドルトン夫人のヒステリックな金切り声が響き、周囲を取り囲んでいた使用人たちが血相を変えて屋敷の中へと駆け出していく。優雅なお茶会は、一瞬にして凄惨な修羅場へと変貌した。 騒然とする人々の中でただ一人、ジュリアンだけが冷えた琥珀色の瞳を細め、額から血を流して倒れる妹と、彼女に抱きすくめられたルーシャの姿を、底知れない無表情で見下ろしていた。 (なぜ、お前がそこまでしてあいつを庇う……) 「マディ……私の、お人形……」 薄れゆく意識の中、ジュリアはうわ言のように呟き、ルーシャの黒いメイド服のフリルを震える指で強く握りしめた。 背中から燃え上がるような痛みが全身を駆け巡り、やがてそれすらも遠のいていく。 騒がしい足音や悲鳴が、水底から聞くようにくぐもって聞こえた。 視界が白く明滅し、ジュリアの意識は深い闇の底へと沈んでいった。 ◇ ——甘い、薔薇の香水。 温かい春の日差しが差し込む、かつてのペンドルトン館のサンルーム。 『ジュリア。私のかわいい天使』 夢の底で、ジュリアは幼い頃の記憶をたゆたっていた。 ふわりと抱きしめてくれるのは、柔らかな金髪と優しい微笑みを持つ美しい女性。ジュリアとジュリアンを産んだ、実の母親——エレノアだった。 「ママ……」 まだ、この屋敷が狂気に飲まれる前の、唯一の温かな記憶。幼いジュリアは、母のドレスの裾を握りしめ、無邪気に笑っていた。 しかし、その穏やかな日々は、ある日突然、無惨に引き裂かれた。 『離して! 私は何もしていないわ!』 雷雨の夜。玄関ホールに響き渡る母の絶叫。彼女の背後には、見知らぬ男の影があった。不貞の罪を暴かれ、ペンドルトン家から永久に追放される母の姿。 「ママ! 嫌だ、ママ、行かないで……っ!」 だが、必死の叫びは届かない。母は最後に幼い双子の方を振り返り、呪いのような言葉を吐き捨てた。 『どうして……どうして二人ともアルファに産まれてくれなかったの!』 ——そう。双子の兄であるジュリアンは、完全無欠の「アルファ」だった。 しかし、もう一人のジュリアは違った…… 『……残念ですが、この子の第二の性はオメガです……』 冷徹な医師の宣告。大人たちの失望に満ちた冷たい視線。ペンドルトン家の直系から、発情期の奴隷などと…… それは、誇り高きペンドルトン家にとって最大の汚点であり、決して許されない「欠陥品」の烙印だった。 (僕は、欠陥品なんかじゃない……!) 幼いジュリアの心の中で、何かが音を立てて歪み始めた。 アルファである完璧な兄との決定的な差。オメガという、支配され、蹂躙されるためだけに存在する最底辺の性別。 (認めない。絶対に認めない。僕がオメガだなんて) 恐怖と絶望に駆られたジュリアは、自らの肉体を呪った。 オメガ特有の甘い匂いや、やってくるはずのヒート(発情期)を殺すため、致死量に近いほどの強力な抑制剤を幼い頃から飲み続けた。 その強烈な副作用は、確実にジュリアの心身を蝕んでいった。狂っていくホルモンバランス。崩壊していくアイデンティティ。 男のオメガとして虐げられるくらいなら、いっそ——「完璧な女」になればいい。 誰も手の届かない、美しく高慢で、すべてを支配する絶対的な「姫」として君臨すれば、自分が惨めなオメガであるという事実を隠し通せる。そうやって、ジュリアは自分自身にフリルのドレスを着せ、厚い化粧で素顔を塗りつぶし、虚構の「少女」の仮面を創り上げたのだ。 『ねえ、ママ。わたし、きれいでしょう?』 幻影の中で、ジュリアは微笑む。 しかし、いくら着飾っても、心の底にこびりついたオメガとしての劣等感と恐怖は消えることはなかった。 だからこそ、ルーシャが許せなかった。 自分と同じオメガでありながら、惨めさを隠そうともせず、あろうことか下賤なメイドを庇い、どこまでも気高くあろうとするその姿が—— (どうして、あなたは自分の運命を受け入れているの、あなたには、仮面はいらないの……? ——私には、必要なのに……!) 愛と憎悪、嫉妬と自己投影。 ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が、夢の底で黒い泥となってジュリアを飲み込んでいく。 「……マディ」 ベッドの上で、ジュリアはうなされながら一筋の涙をこぼした。 つづく — アニーの未来を盾に取られ、ジュリアンによって薄暗い地下牢へと引きずり込まれたルーシャ。 冷たい金属の貞操帯をステッキで打ち鳴らされながら、孤児院でのアニーとの秘密の夜を容赦なく暴かれていく。 「さあ、言え。あの男とお前は、どこまで進んでいた?」 次回 #14: ジュリアンの冷酷な尋問: 地下牢でアニーとの過去の性交渉(寸止め)を自白させられる屈辱 「ははっ……! 本当か? お前、もしかして、まだイッたことがないのか?」 お楽しみに!

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