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#29: ログハウスでの穏やかな日々: ツェーの売却宣告と、プライドを捨ててすがりつくジュリアの涙

ペンドルトンの屋敷から逃げ出したルーシャは、森の奥で一人の男に拾われた。その髭を蓄え、サングラスで素顔を隠す男の声には抗いがたい安心感があった。貞操帯を外してもらい、傷の手当てを受けたルーシャは、ようやく身の安全と心の安らぎを覚えた。 それから数日。 ルーシャは森の小さなログハウスで、夢のような日々を過ごしていた。 朝になれば鳥の声で目を覚ます。怯えて飛び起きる必要もない。誰かの機嫌を窺う必要もない。今日どんな辱めを受けるのかと恐れる必要もない。 ただ、それだけのことが幸せだった。 忌まわしいドレスはもうない。 代わりに身につけているのは、男から借りた大きなシャツだった。 肩は落ちるし袖も長い。けれど不思議と心地いい。男物の服を着るたびに、自分を取り戻していくような気がした。 「おや」 薪を割る音に気付いた男が顔を出す。 「君、見た目のわりに力があるんだな」 ルーシャは斧を振り下ろした。乾いた音とともに薪が真っ二つに割れる。 「孤児院にいた頃は毎日やってましたから、これくらい余裕ですよ」 少し得意げに胸を張ると、男はサングラスの奥で目を細めて笑った。 「へえ……意外と頼もしいんだな。見た目が華奢だから、てっきり抱き上げたら軽すぎて飛んでっちゃいそうかと思ってたよ」 「飛んでいきません!」 ルーシャが頰を膨らませて即座に言い返すと、男は堪えきれずに声を上げて笑った。 「あははっ! ごめんごめん、悪かった」 その低くて温かい笑い声に、ルーシャはますます頰を赤くしながらも、つい一緒に口元を緩めてしまった。 胸の奥が、じんわりと熱くなる。 昼は薪割り。水汲み。畑の世話。森で木の実を探すこともあった。 そして夜になれば。 「できましたよ」 ルーシャは鍋の蓋を開けた。湯気と一緒に香りが広がる。男が目を丸くした。 「おお」 「今日はきのこのシチューです」 「これは当たりの日だな」 その言葉にルーシャは思わず笑う。食卓を囲む。他愛ない話をする。 そんな当たり前の日常が、こんなにも楽しいものだとは知らなかった。 「ルーシャは料理が上手いな」 男がそう言う。ただそれだけで嬉しくなる自分がいる。褒められたい。もっと喜んでほしい。そんな気持ちが自然と湧いてきた。 ◇ ルーシャが森のログハウスで穏やかな安らぎに包まれていたその頃、ペンドルトン家の地下牢では、残酷な地獄が今も続いていた。 「もう……やめて、アンドレ……お願い、許して……」 石の床に組み伏せられたツェー(Tseh)は、涙でぐしゃぐしゃの顔を歪めながら掠れた声で懇願した。あの日ルーシャを逃がして以来、毎日のようにこの男に犯され続け、壊され続けていた。 不衛生な髭面が白い首筋にねっとりと押しつけられ、下水のような腐臭が鼻腔を犯す。アンドレは大きく口を開け、よだれを滴らせながら野太い舌でツェーの頰を舐め回した。 「オェェ……! うっ……もう、限界……」 ◇ ——気がつくと、ツェーは淡い光が差し込む美しい鏡の前にいた。 それはペンドルトンの屋敷に来たばかりの頃の記憶。貧しい実家から「商品」としてペンドルトン家に売られてきた自分は、女装メイドとして生きることを選んだ。そして初めて出会ったのが、まだ幼さの残る当主のジュリアだった。 『お前……男なのか?』 それが、ジュリアがツェーにかけた最初の言葉だった。 雷雨の夜、実の母親エレノアと引き裂かれたあの日。自分は最底辺の「オメガ」であると宣告され、幼いジュリアの心は深い劣等感と絶望に塗りつぶされていた。そんな暗闇の底にいた少年に向かって、ツェーは優しく微笑みかけた。 『男だからって、惨めにうつむく必要はありません、ジュリア様。男だって、誰よりも美しく気高く咲けるんです。私があなたを、本物の「お姫様」にして差し上げます』 あの言葉が、ジュリアのすべてを変えた。完璧な所作、美しいメイク、冷たい仮面の少女——すべてはツェーが手取り足取り教えてきたものだった。 『ツェー、今日のリップはどう? ……お前が選んでくれた色なら、私は誰よりも完璧な薔薇になれる』 鏡の中で微笑む幼いジュリアの姿に、ツェーの胸が締めつけられた。あの頃は確かに、二人だけの秘密の絆があったはずなのに。 ◇ 「——いい加減にしなさい、アンドレ!」 冷たい声が地下牢に響き渡り、ツェーはハッと現実に引き戻された。 そこに立っていたのは、ペンドルトン夫人だった。アンドレが慌てて飛び退く。 「大切な商品を、お前の下品な欲望でこれ以上汚さないで。……ツェー、喜びなさい。お前の新しい嫁ぎ先が決まったわ」 その言葉に、ツェーの顔から血の気が引いた。 「奥様、お願いです……それだけは……!」 「静かに。もう迎えの馬車が来ている。アンドレ、連れてお行き」 力なく引きずられるツェーの耳に、突然必死の叫びが飛び込んできた。 「待って!! その子を連れて行かないで!!」 ドレスの裾を乱しながら、ジュリアが廊下を駆けてきた。いつも高慢で冷たい仮面を被っているはずの彼が、プライドもかなぐり捨ててツェーの腕を掴む。 「お母様、お願い! ツェーは私の……私の、たった一人の世話係なの! この子を売るなんて絶対に許さない……! わたしの傍から、奪わないで……っ!」 ジュリアはツェーを強く抱きしめ、大粒の涙を零しながら懇願した。その震える腕と、必死に掠れた声に——ツェーの心は激しく揺さぶられた。 (ジュリア様……) 冷酷な運命の中で、プライドを捨ててまで自分を求めてくれたその温もりは、ツェーの心に歪んだ恩義と、逃れられない従属の鎖を深く刻み込んでいった。 つづく — 「おじさま……僕、おじさまにお礼がしたいんです」すべてを捧げようと身を差し出したルーシャを、男は「自分をそんな風に扱うな」と激しい怒りとともに突き放す……! 「違う……僕は、ただ……おじさまに……」 次回 #30: 芽生える恋心と拒絶された献身: 悪夢に怯える夜の誘惑と、「おじさま」による尊厳を守るための激怒 「おじさまの、バカ……」 お楽しみに!

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