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#31: アルバートとの別れと無情な捕縛: 決死の屋敷帰還と、獲物を甚ぶるジュリアの恐ろしい『躾』

ルーシャが森で穏やかな日々を過ごす一方、ペンドルトン邸では激しい怒号が飛び交っていた。 「アンドレ! お前のせいでルーシャが逃げ出したのよ! いい? 必ず探し出して、ここへ連れ戻しなさい。もしこのまま見つけられなければ……お前がどうなるか、わかっているわね?」 夫アンドレは低く唸るような声を上げ、獰猛な猟犬の群れを引き連れて森へと踏み込んだ。 「この森のどこかにいるはずだ……! 見つけたら、ただじゃおかねえぞ!」 アンドレの怒声に呼応して、猟犬たちが一斉に狂ったように吠え立てた。鋭い牙を剥き出しにし、鼻を地面に擦りつけながら、森の奥深くへと殺気立って突き進んでいく。 逃げたルーシャの甘い残り香を追い、獣たちは暗い森を容赦なく駆け巡っていた。 ◇ 一方、森の奥深くのログハウスでは、柔らかな朝の光が窓から差し込み、穏やかな時間が流れていた。 朝食を終えた男は、満足そうに息を吐きながらルーシャを見つめた。 「ごちそうさま。ルーシャ。君の料理は本当に美味いな」 男は温かい眼差しでルーシャを見つめ、少し照れたように頭を掻いた。そして、言い淀みながらも真っ直ぐに言葉を続けた。 「……ルーシャ。君さえよければ、このままここにいてくれてもいいんだよ」 その声は少し掠れていて、照れ隠しのようにサングラスを直す仕草がどこか不器用だった。 「いつまでも……僕と一緒にいてくれても、いい」 ルーシャの胸が、きゅっと強く締め付けられた。 温かくて、優しくて、ずっとここにいたいという気持ちが溢れそうになる。でも、ルーシャはゆっくりと食器を片付けながら、静かに首を振った。 「……ありがとう、おじさま。本当に……すごく嬉しいです」 ルーシャは笑おうとしたが、表情は切なく歪んでしまった。 「でも……それはできません。ごめんなさい」 「……どうしてだ!?」 ルーシャは唇を噛み、震える声で答えた。 「あの屋敷に、僕の大切な仲間を置いてきてしまったんです。ツェー(Tseh)をあんな地獄に残したまま、僕だけがここで幸せになるなんて……そんなの、絶対に許せない」 ルーシャは一度深く息を吸い、迷いを振り切るようにキッパリと言った。 「それに……取り戻さなきゃいけないものがあるんです。昔、僕を導いてくれた大切な人から貰った、銀のエンブレム。あれは僕の誇りなんです」 その言葉を聞いた瞬間、男の表情がピクリと硬直した。 サングラスの奥で、彼の瞳が鋭く光る。まるで何かを確信したような、深い眼差しだった。 やがて男は、自嘲気味に小さく笑った。 「……そうか」 ◇ そして、別れの朝がやってきた。 森が白い朝靄に包まれる中、ルーシャは静かに旅立ちの準備を整えていた。借り物の少し大きめのシャツとズボン姿の小さな背中を、男は入り口の柱にもたれながら無言で見つめていた。 「……どうしても行くのか?」 静かな問いかけに、ルーシャは振り返った。朝の光に照らされた瞳は、迷いなく澄んでいた。 「はい。僕は仲間を見殺しにするような卑怯者にはなれません」 男は小さく息を吐き、諦めたように微笑んだ。 「……そうか。ルーシャの健闘を祈ってるよ」 「今まで本当にありがとうございました、おじさま」 少しの沈黙の後、男が掠れた声で尋ねた。 「……また、会えるかい?」 その声に、ルーシャはふわりと優しく微笑んだ。 「ええ、必ず会いに来ます。おじさまの名前……まだ教えてくれていないですよね?」 男は一瞬言葉に詰まり、それから照れくさそうに肩をすくめた。 「アルバート・スミス」 「アルバート……」 ルーシャはその名前を口の中でそっと繰り返し、胸の奥に深く刻み込んだ。 「素敵な名前ですね。いつか必ず、お礼に伺います。その時は……もっとちゃんとした格好で来ますから」 ルーシャはそう言って、朝靄の立ち込める森の道へと力強く歩き出した。 その小さな背中が木々の間に消えるまで、アルバートはただ静かに、寂しげな眼差しで見送っていた。 ◇ ルーシャはペンドルトン館を目指して、足早に森を抜けていく。ツェーを助け出すという決意だけが、彼を突き動かしていた。 ——その時だった。 突如として背後の茂みが大きく揺れ、獣の唸り声が響いた。 「こっちだ! こっちに居たぞ!!」 「逃がすな! 捕まえろ!」 アンドレたちの怒声が木々の間を鋭く切り裂く。ルーシャが振り返る間もなく、黒い影が一気に迫った。 「みつけたぞ、この小生意気なガキ……!」 アンドレの太く逞しい腕が、ルーシャの細い身体を容赦なく羽交い締めにした。逃げようとするルーシャの腰を強く引き寄せ、地面に叩きつける。 「うあっ……!」 猟犬たちがすぐ傍で牙を剥き、唸り声を上げながら迫ってくる。ルーシャは泥と落ち葉にまみれ、必死に抵抗したものの、圧倒的な力の差の前に簡単に押さえ込まれた。 ◇ 再びペンドルトン館の広間。 ルーシャは泥だらけの惨めな姿で、床に引きずり出された。 そこに、優雅に扇を手に立っていたのはジュリアだった。冷たい琥珀色の瞳が、逃げ出した獲物を愉しげに射抜く。 「ようやく戻ってきたわね……マディ」 ジュリアはゆっくりと近づき、平伏するルーシャの顎を靴の先で無遠慮に踏みつけた。 「私の大切な人形が、勝手な真似をしてくれるなんて……許せないわ」 冷たい声に、甘い愉悦が混じっている。ルーシャの身体が小刻みに震えた。 「逃げ出した代償は、高くつけるわよ。二度と逃げられないように……今度こそ、たっぷりと(しつ)けてあげる」 ジュリアはルーシャの乱れた髪を掴み上げ、涙で濡れた顔を無理やり自分に向けさせた。唇の端に、残酷で美しい笑みが浮かぶ。 「覚悟しなさい。長い夜になるわ」 アンドレたちに両腕を乱暴に掴まれ、ルーシャは屋敷のさらに深い地下へと引きずられていく。背後で重い鉄の扉が閉まる音が、さらなる地獄の始まりを冷たく告げていた。 つづく — 「ツェー、お前がそそのかしたのよね。アンドレ、こいつを(しつ)けなさい」ツェーを救うためルーシャは自らを犠牲にすることを選ぶ。 「お前にチャンスをあげるわ。ルーシャ、これからは私の『お人形』として生きなさい」 次回 #32: 暴かれた魔城の非道: 『足長おじさん』宛の手紙と、ツェーを救うための「お人形」契約 「へへっ、承知しましたよお嬢様。さあ、覚悟しろよ」 お楽しみに!

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