34 / 95
#34: 鳴り響く絶望の鈴: ツェーに迫る残酷な罰と、地下牢の鉄扉を破る轟音
——チリーン……ッ!
ペンドルトン館の奥、薄暗い地下のダンジョンに、澄んだ鈴の音が淫らに響き渡った。
「あら、ルーシャ……我慢できなかったのね。アンドレ、おやりなさい!」
アンドレが下卑た笑みを浮かべてツェー(Tseh)にのしかかろうとした、その瞬間——。
——ドガァァァンッ!!
地下牢の鉄扉が凄まじい轟音とともに蹴り破られた。
「何をしている、貴様ら!!」
怒りに満ちた声とともに飛び込んできたのは、息を切らしたメイフィールドだった。その後ろにはペンドルトン本家の顧問弁護士グリッグス、さらに血の気を失ってオロオロしているペンドルトン夫人の姿があった。
「ルーシャ!」
メイフィールドは素早く上着を脱ぐと、ルーシャの惨めな姿を優しく包み込んだ。大きな体でしっかりと抱き寄せ、守るように腕に力を込める。
「もう大丈夫だ。怖かったな……。私はアニーの父だっ…君のことはアニーから聞いている。もう誰もお前を傷つけさせない」
その低く温かい声に、ルーシャの身体から少しだけ力が抜けた。
メイフィールドはさらに続ける。
「後ろにいるのはグリッグスさんだ。ペンドルトン本家の顧問弁護士で、ジャーヴィス様の信頼が厚い方だ。安心していい」
ルーシャはまだ警戒を解ききれずに震えていたが、二人の名前と素性を聞いたことで、わずかに息を吐いた。メイフィールドの胸に顔を埋め、声にならない嗚咽を漏らしながら激しく肩を震わせた。
グリッグスは凍りついたジュリアとアンドレを冷酷に見下ろした後、夫人に向き直った。
「ペンドルトン夫人。この子から取り上げた銀のエンブレムを、即刻お返しいただきます」
「そ、それは……この下賤な孤児が盗んだもので……」
「違いますね」
グリッグスの静かな声が、地下牢の空気を凍りつかせた。
「あのエンブレムは、本家のジャーヴィス様ご自身が、自らの意志でこの少年に与えたものです。本家の当主の意思を、盗品呼ばわりなさるおつもりですか?」
夫人は言葉を失い、わなわなと震えながら銀のエンブレムを差し出すしかなかった。
誇りを取り戻したルーシャを大切に抱きかかえ、救済者たちは狂気の屋敷を後にした。
◇
こうして、ペンドルトン分家の歪んだ夜は、本家の絶対的な力によって幕を閉じた。
その後、一連の異常な悪行を知った本家は、ジュリアを強制的に本家へと連行した。グリッグスの厳しい監視の下、複数の家庭教師が付けられ、徹底的な「お行儀の再教育」が始まったという。
一方、ツェーは分家の屋敷に残り、普通のメイドとして働いている。残虐な主であるジュリアがいなくなったことで、以前のような理不尽な暴力からは解放されたものの、夫人の気まぐれに振り回される日々は続いていた。
◇
そしてルーシャは——。
深く傷ついた心と身体を癒やすため、始まりの場所である孤児院「バンビの家」へと戻っていた。
穏やかな風が吹く「バンビの丘」で草むらに座っていると、カサカサと音を立てて、アライグマのクリリンがのんびりと現れた。
「……久しぶり、クリリン」
すり寄ってくる小さな頭を撫でながら、ルーシャはふと、あの夜の記憶を思い返していた。
(あの時、僕を助けてくれたのは……本当にクリリンだったのかな)
しかし、目の前で無邪気に鼻を鳴らす小さなアライグマを見て、ルーシャは苦笑した。
「……やっぱり、お前が地下牢の鍵を開けられるわけないよね」
そう呟いた瞬間、ルーシャの脳裏に浮かんだのは、あの屋敷に置き去りにしたツェーの、涙に濡れた顔だった。
(ツェー……)
胸の奥がチクリと痛む。自分だけが救われたことへの罪悪感と、ツェーに対する心配が消えることはなかった。
それでも、ルーシャの胸元では、取り戻した銀のエンブレムが静かに輝いていた。
遠からず彼がジャーヴィス家の正式な養子として迎え入れられることは、まだ知る由もない。
青く澄み渡る空を見上げながら、ルーシャは静かに新しい人生への一歩を踏み出そうとしていた。
【第一章・ペンドルトン編 完】
つづく
—
新天地ロンドンへ渡り、新たな生活に希望を抱くルーシャ。
しかし出迎えたメイフィールドから突きつけられたのは、親友アニーの過去を守るためのあまりにも悲痛な「約束」だった……。
「……分かりました。それ以上は、仰らなくても大丈夫です」
次回
第二章 BL学園:聖ファーガスン 〜 嫉妬と服従の迷宮 〜
#35: 新天地ロンドンと残酷な宣告: アニーとのすれ違いと、学院に潜んでいた思いもよらぬ影
「すまない……本当にすまない、ルーシャ」
お楽しみに!
ともだちにシェアしよう!

