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#35: 新天地ロンドンと残酷な宣告: アニーとのすれ違いと、学院に潜んでいた思いもよらぬ影
■第二章 BL学園:聖ファーガスン 〜 嫉妬と服従の迷宮 〜
荒れ狂う大西洋を越え、大型客船はサウサンプトンの港にようやく接岸した。
ルーシャは古びたトランクを握りしめ、冷たい雨に煙るロンドンの街並みを静かに見下ろしていた。ペンドルトン家での悪夢のような日々をようやく振り切り、この遠い異国の地で、彼は新たな人生への淡い希望を抱いていた。
ロンドン駅の喧騒の中、黒いコートに身を包んだルーシャがホームに降り立つと、一台の立派な馬車がゆっくりと近づいてきた。
馬車から降りてきたメイフィールド氏は、ルーシャの姿を見るなり柔らかく目を細めた。
「長旅、ご苦労だったねルーシャ。無事に着いて本当に良かった」
「メイフィールド様……わざわざお出迎えいただいて、恐縮です」
「礼には及ばないよ。今、私はロンドンで事業を行っていてね、さあ、乗りなさい。濡れる前に」
馬車に乗り込むと、重厚な扉が閉まり、石畳を打つ馬の蹄の音が静かに響き始めた。向かいの席に腰を下ろしたメイフィールド氏は、窓の外の霧を見つめながら、静かに口を開いた。
「君がこれから通う聖ファーガスン学院には、アニーも在籍している」
「本当ですか……! アニーが……!」
ルーシャの顔に、久しぶりに明るい光が差した。しかしメイフィールド氏は、わずかに視線を落として言葉を続けた。
「……ただ、すまないが、学園内ではアニーとは『赤の他人』として振る舞ってほしい。アニーは孤児院出身だった過去を隠して、今はようやく平穏に暮らしているんだ」
ルーシャの表情が一瞬で固まった。
唇をきつく結び、膝の上で拳を強く握りしめる。胸の奥がズキリと痛んだが、ルーシャは震える声で小さく答えた。
「……分かりました。それ以上は、仰らなくても大丈夫です」
メイフィールド氏は深いため息をつき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない……本当にすまない、ルーシャ」
馬車の中に、重苦しい沈黙が落ちた。
ルーシャは固く握った拳を膝の上で震わせながら、窓の外を流れる灰色の街並みをただぼんやりと見つめていた。希望に満ちてやってきたはずのこの街で、彼は早くも最初の棘を突きつけられていた。
◇
聖ファーガスン学院の豪奢なエントランスホール。数多くの学生が行き交う中、ルーシャはメイフィールドの馬車から一人で降り立ち、重厚な学園の門をくぐった。
少し離れた回廊の柱の陰から、その姿を息を潜めて見つめている者がいた。アニーだった。
アニーの顔に一瞬、喜色が広がる。「ルーシャ……!」と口が動き、思わず一歩踏み出した。しかしその瞬間、ルーシャは足を止め視線を床に落とすと、アニーに背を向けたまま足早に去っていった。
その光景を、吹き抜けの二階廊下から冷めた琥珀色の瞳が静かに見下ろしていた。
「……よう、アニー」
振り返ったアニーは、信じられないものを見るように息を呑み、その場に凍りついた。そこに微笑みをたたえて立っていたのは、ジュリアン・ペンドルトンだった。
「ジュリアン……」
「そんなに驚かなくったっていいじゃないか、アニー」
無理もない。アニーが驚愕で凍りつくのも当然だった。
——ジュリアン・ペンドルトン。彼はこの夏、一足先にロンドンへと渡り、密かに留学の準備を進めていたのである。あのペンドルトン館での騒動に巻き込まれることもなく、獲物たちが自らこのロンドンの檻へとやって来るのを、誰にも知られずにずっと待ち構えていたのだ。
ジュリアンはゆっくりと階段を降り、逃げる隙を与えないようにふわりと距離を詰めてくる。美しい顔に浮かぶ笑みは優しげなのに、その瞳の奥は冷たく輝いていた。
「安心しろ。お前とルーシャの……あの秘密を、誰かに言いふらしたりはしないさ。俺はそんな下品な真似は好まない」
ジュリアンはアニーの顎に指を添え、逃げられないように軽く持ち上げた。
「ただ……もっと面白い愉しみ方を、したいだけだ」
甘くねっとりとした声が耳元に落ちる。ジュリアンの身体から放たれる濃厚なアルファのフェロモンが、アニーを包み込み、圧迫していく。
「それよりも……ルーシャのやつ、ペンドルトン本家の養子という地位を手に入れた途端、お前のことなんて完全に眼中から消してしまったようだな。本当に冷酷な男だよ」
ジュリアンの口元が、獲物を嘲るようにゆっくりと歪んだ。
「自分の出自に傷がつくのを恐れて、過去の共犯者を切り捨てたくなった……そんなところじゃないのか?」
彼の放つ圧倒的なアルファのフェロモンが、アニーを床に縫い止めるように重くのしかかる。抗う力はみるみる削がれ、アニーはその場から動けなくなっていた。
「お前だって以前、俺たちの前でルーシャとの関係を必死に隠そうとしていたじゃないか……」
ジュリアンはアニーの耳元に唇を寄せ、ねっとりと甘く囁いた。
「お前たちは本当に似た者同士だ。同じ穴のムジナ……それとも、かつて一つのベッドで毎夜激しく絡み合い、互いの体を貪り合っていた『愛人同士』と言った方が、しっくりくるかな?」
甘く粘着質な毒の言葉が、アニーの鼓膜を震わせる。
ジュリアンは愉悦に満ちた瞳で、怯えと動揺に染まるアニーの顔を、じっくりと味わうように見下ろしていた。
つづく
—
生徒会長・ジミーは、同級生であるアニーへの禁断の恋心を従兄弟ジュリアンに打ち明ける。
「俺……あいつのことが、気になってるんだ。……そういう意味で、だ」
次回
#36: 禁断の恋心と悪魔の微笑み: 生徒会長ジミーの決死の告白と、暗躍するジュリアンの罠
「安心しろ。誰にも言わない。むしろ……俺が協力してやろうか?」
お楽しみに!
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