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#36: 禁断の恋心と悪魔の微笑み: 生徒会長ジミーの決死の告白と、暗躍するジュリアンの罠

厳格な規律を重んじる男子校、聖ファーガスン学院。静まり返った教室に、歴史学の教授による退屈な講義の声だけが響いている。しかし、教卓からは死角となる後方の席では、生徒たちの密やかな私語がくすぶっていた。 「おい、あの転校生見たかよ……」 「ああ。噂じゃパトロンがついてるらしいぜ」 「こら、そこ! 私語を慎みなさい!」 教授の鋭い叱責が飛ぶと、教室には再び重苦しい静寂が戻った。しかし、生徒たちの意識は講義などにはなく、窓の外や、教室内の一点へと吸い寄せられている。 休み時間になると、堰を切ったように生徒たちが廊下へと溢れ出した。その喧騒の中を、ルーシャが静かに歩いてゆく。 彼が廊下を通るだけで、むさ苦しい男子校の空気が甘くざわめく。透き通るような白い肌と、憂いを帯びた大きな瞳。中性的で儚げなその美しさは、すれ違う男子生徒たちの足を無意識に止め、頰を赤らめさせるほどの破壊力を持っていた。 だが、当のジェルーシャ・アボット——ルーシャ本人は、周囲の熱視線にまったく気づいていないどころか、現在、自室でまったく別の『深刻な危機』に直面して顔を青ざめさせていた。 「きゅ〜〜〜ん! きゅむむむむ〜〜〜っ!!」 「ちょ、ちょっとクリリン! 声でかすぎだよぉ〜! この寮ペット禁止なんだから!」 聖ファーガスン学院の男子寮の一室。真新しいベッドの上で、ルーシャが顔を真っ青にして慌てふためいていた。 目の前で盛大に鳴いているのは、白いアライグマのクリリン。おでこの『サイコロの5』がより一層強調されている気がする。 「どうしてここにいるの!? クリリン、いつからついてきてたの!?」 数時間前、荷解きを終えてようやく一息ついたその背後で、いきなり「きゅるる〜」と聞き覚えのある鳴き声が響いたときは、本気で心臓が止まるかと思った。 「見つかったら即退学だよ!?」 「きゅ〜〜〜ん」 「その可愛い声で誤魔化そうとするな! お前絶対わかっててやってるだろ!」 ルーシャは頭を抱えながら、クリリンを両手で抱き上げて自分の顔の前に持ってきた。 「たくぅ……ほんとにどうしよう。見つかったら、学園生活即終了だよ……」 クリリンはきょとんとした顔でルーシャを見つめると、突然彼の頰にちゅっと鼻先を押しつけてきた。 「……っ! な、なにするんだよ急に!」 ルーシャは頰を押さえ、顔を真っ赤にして後ずさる。 「きゅぷっ♪」 「可愛い顔して誤魔化すなって言ってるだろ! ……ったく、もう」 ルーシャは大きくため息をつきながら、クリリンをクローゼットの奥にそっと隠した。 「あとで食堂からパンくすねてきてやるから……今だけは絶対に静かにしててくれよな、お願いだから……」 クリリンが小さく頷いたように見えたのは、きっと気のせいじゃないはずだった。 「きゅぷっ」 ◇ そんな、ルーシャの部屋で繰り広げられていたドタバタ喜劇など知る由もない頃——。 学園の特権階級だけが許された、豪奢なプライベートサロンでは、新たな波紋が静かに生まれようとしていた。 カツン……と、ビリヤードの球が乾いた音を立てて弾けた。 「……で? さっきからずっと上の空だけど、何か悩みでもあるのか?」 ジュリアンは革張りのソファに深く腰を沈め、グラスの氷を優雅に揺らしながら、愉しげに目を細めた。 テーブルの向こうでキューを構えていたジミーは、ピタリと動きを止めた。 ジミー・マクブライド——聖ファーガスン学院の生徒会長。彼はかつてペンドルトン館を訪れ、ルーシャの心に深く関わった麗人、サリー・マクブライドの実の弟にあたる。そして、ジュリアンの義理の母・ヒルデの実姉の息子である。つまりジュリアンとは「血の繋がらない従兄弟」という関係であった。幼い頃から互いの屋敷を行き来する間柄ではあったが、二人ともアルファであるが故に、どこか探り合うような微妙な距離感を保ち続けていた——。 「……なあ、ジュリアン。お前、あいつと知り合いなんだろ?」 「あいつ?」 「メイフィールドの……アニーだよ」 ジュリアンの琥珀色の瞳の奥で、冷たい光が一瞬だけ鋭く瞬いた。しかし表面上は、気安い従兄弟の笑みを崩さない。 「ああ、親同士の付き合いがあってな。それがどうかした? 生徒会長殿が、あんな大人しくて目立たない一般生に何の興味が?」 ジミーはキューを乱暴にテーブルに置き、金髪をガシガシと掻き毟った。明らかに動揺している。 「違うんだよ……用があるとか、そういうんじゃなくて……」 彼は周囲に誰もいないことを確認するように視線を泳がせ、重い足取りでジュリアンの向かいのソファにドカリと腰を下ろした。そして身を乗り出し、声を極端に潜めた。 「お前だから言うんだ。絶対に、誰にも言うなよ?」 「ほう……男同士の秘密共有か。珍しいな」 ジュリアンがからかうように微笑むと、ジミーは耳の先まで真っ赤に染まり、思い詰めたような表情でようやく吐露した。 「俺……あいつのことが、気になってるんだ。……そういう意味で、だ」 一瞬、サロンに重い静寂が落ちた。 ジュリアンはグラスを傾ける動きを止め、ゆっくりと微笑みを深めた。その瞳には、興味深さと、獲物を発見したような冷たい愉悦が混じり合っていた。 ジミーは両手を強く組み合わせ、耳まで真っ赤にしたまま伏し目がちに言葉を続けた。 「わかってる……狂ってるって言われるかもしれない。男が男を、なんて……でも、どうしても抑えられないんだ。あいつが回廊の窓辺で一人で本を読んでいる姿とか、ふと見せる寂しそうな横顔とか……つい目で追ってしまう。最初はただ話しかけようと思っただけなのに、近づくだけで心臓がうるさくて、上手く言葉が出てこないんだよ」 体育会系でいつも快活な生徒会長が、こんなに必死で、こんなに恥ずかしそうに自分の気持ちを吐露する姿は珍しかった。 全寮制のこの学院で、同性への恋心を告白することは社会的自殺に等しい。それでもジミーは、唯一信頼できる従兄弟であるジュリアンにだけ、決死の覚悟で胸の内を明かした。 その切実な告白を聞きながら、ジュリアンはゆっくりとグラスを傾けた。 (……マジか) 喉の奥で込み上げる暗い歓喜を、冷たい酒と一緒に飲み下す。 名門マクブライド家の御曹司が、あの下賤な孤児院上がりのオメガに——しかも自分(ジュリアン)が散々玩具にした相手に——本気で恋い焦がれているなど、これほど滑稽で、利用価値の高い状況は他にない。 「……なるほどな。お前の気持ちは、ちゃんと伝わってきたよ」 ジュリアンはグラスをテーブルに置き、さも親身な友人であるかのように、柔らかく微笑んだ。 「安心しろ。誰にも言わない。むしろ……俺が協力してやろうか?」 「本当か!?」 ジミーの顔がパッと明るく輝いた。 「ああ。あいつは少し人見知りで引っ込み思案だからな。俺が上手く場をセッティングしてやるよ。お前みたいな男前で真っ直ぐな奴を紹介してやれば、あいつも悪い気はしないはずだ」 「ジュリアン……! 本当に恩に着るよ! お前がいてくれてよかった……!」 無邪気に喜び、目を輝かせるジミーの姿を、ジュリアンは慈しむような笑顔で——そして、獲物をじっくりと品定めする冷たい蛇のような視線で、じっと見つめていた。 その瞳の奥に、暗い愉悦と計算が、静かに渦巻いていた。 つづく — ジミーの求愛を受け入れるようアニーを呼び出したジュリアン。孤児院出身という過去とルーシャとの「秘密」を盾に逃げ道を完全に塞がれ、アニーは絶望に沈み込んでしまう。 「……男同士は無理だって? 白々しい!」 次回 #37: 逃れられない支配: アニーへの冷酷な脅迫と、気高きルーシャに絡みつく執着 「アボットとは、男同士で感じて、喘いで、たっぷり愛し合っていたんだろ? 今さら純情ぶるんじゃない!」 お楽しみに!

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