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#38: 偽りのデートと残酷な拒絶: 振り払われた手と、傷ついた純粋な恋心の歪み

冷たい窓ガラスに額を押し当てながら、アニーは絶望の淵で震えていた。あの日、ジュリアンから突きつけられた残酷な二者択一。 『秘密を暴露されて破滅するか、俺の従兄弟の求愛を受け入れるか』 孤児院出身という後ろ暗い過去と、ルーシャとの禁断の過ちという最大の弱みを握られたアニーに、拒否権などあるはずもなかった。 退路を完全に塞がれ、ジュリアンの掌の上で抗うことすら許されない操り人形に堕とされたのだ。 一方、そんな裏の事情など露ほども知らないジミーは、ジュリアンが「一肌脱いでやる」と特別に用意してくれたシチュエーションに、期待で胸を高鳴らせていた。 「あいつは人見知りだから、人目のつかない場所がいいだろう」 ジュリアンの甘い誘導に従ってセッティングされたのは、放課後の静まり返った学園の温室だった。 ガラス越しに差し込む柔らかな光が、色とりどりの花々と湿った土の匂いを濃密に漂わせる中、ジュリアンの手引きで呼び出されたアニーを前に、ジミーはようやく、ずっと胸に秘めていた想いを口にした。 「……ずっと、君のことが気になっていた。男同士だなんて関係ない。俺と、付き合ってくれないか」 「……」 アニーの背後、温室のガラス越しに、冷たく愉しげなジュリアンの視線が刃のように突き刺ささる。 「……は、はい……僕で、よければ……」 恐怖と絶望で声が震え、今にも泣き出しそうな表情でうつむくアニー。しかし恋に盲目となったジミーには、それが『純情な恥じらい』にしか見えなかった。 「ありがとう……! 絶対に君を大切にするからな!」 ジミーは無邪気に歓喜し、アニーの手を強く握りしめた。 アニーはただうつむいたまま、その熱い体温を感じながら、心の中で静かに血の涙を流していた。 ◇ それからというもの、ジミーはアニーを喜ばせようと、ひたむきに尽くした。 ある週末のこと。 厳格な全寮制である聖ファーガスン学院では、よほどの理由がない限り外出は許可されない。しかしジミーは生徒会長の権限を使ってアニーの手を引き、堂々と正門を抜け出した。 「驚いたか? 普通は絶対に外出なんて許されないんだけどな。生徒会長の特権ってやつさ」 ロンドンの喧騒の中、ジミーは少し誇らしげに笑った。 しかしアニーは「はい……すごいです……」と小さな声で答えるだけで、相変わらずうつむきがちだった。 (……俺の気のせいか? なんだかずっと、無理してるみたいで……) アニーを少しでも笑顔にしたくて、ジミーは通り沿いの屋台から漂ってくる香ばしい匂いに目を留めた。 「おい、あれ食べてみようぜ! ホットドッグっていうらしいぞ!」 ジミーは焼きたてのホットドッグを二つ買い、熱々のそれをアニーに手渡した。 「ほら、熱いうちに食えよ」 「あ、ありがとうございます……」 アニーは躊躇なく包み紙を破り、手づかみのまま大きな口を開けてパクリと齧り付いた。それは孤児院時代に染みついた、自然で粗野な食べ方だった。 その様子を見たジミーは目を丸くした。 「すげぇ……! 俺、こうやって手で直接齧り付くのなんて初めて見たよ。ナイフとフォークがないとどう食べていいか分からなくてさ」 名門マクブライド家で厳しいテーブルマナーを叩き込まれてきたジミーにとって、その姿は新鮮で眩しいものだった。 「アニーって、おとなしそうに見えて意外と豪快なんだな……そういうところも、好きだよ」 ジミーが照れくさそうに笑いながら、不器用にホットドッグに齧り付く。そのまっすぐで眩しい笑顔を見ていると、アニーの胸は痛く締めつけられた。 (僕はただ……育ちが悪いだけなのに……) それからしばらく歩き、二人がロンドンの賑やかな石畳の道を並んで進んでいたときのことだった。 人波に紛れるように、ジミーが自然な動作でアニーの手に自分の手を重ね、指を絡めようとした。 ビクッ! アニーはまるで火に触れたように、その手を強く振り払った。 「……だめですっ!」 あまりに強い拒絶に、ジミーはハッと息を呑んだ。宙に浮いた自分の手が、情けなく見えた。 アニーは青ざめた顔で一歩後ずさり、震える声で言葉を継いだ。 「そういうのは……だめです。僕たちは男同士なんですよ? 人前で手を繋ぐなんて……おかしいです……っ」 その言葉は、ジミーの胸を深く抉った。 「……男同士の、何がいけないんだよ!?」 ジミーの声が低く、痛々しく震えた。 自身が男であることを受け入れ、全てを賭けて想いを伝えたジミーにとって、「男同士だから」という拒絶は、何よりも残酷な一撃だった。 「俺は、君が俺の気持ちを本当に受け入れてくれたんだと思ってた。他人の目なんか、どうでもいいじゃないか。俺たちは……付き合ってるんだろ?」 傷つき、戸惑いに満ちたジミーの瞳に、アニーは何も言い返せなかった。 ただ唇を血が出るほど噛みしめ、うつむくことしかできない。胸の奥では、罪悪感と恐怖が激しく渦巻いていた。 「……帰ろうか」 ジミーは冷たく言い捨てると、背を向けて歩き出した。その広い背中は、いつもよりひどく寂しげに見えた。 最初は「アニーが不器用なだけだ」「時間をかければ分かってくれる」と自分に言い聞かせていたジミーだった。しかし、決して自分を見てくれないアニーの態度に、次第に焦燥と苛立ち、そして深い傷が募っていく。 傷ついた純粋な恋心が、やがて最も残酷な憎悪へと姿を変える破滅の足音は、二人のすぐ背後まで迫っていた。 つづく — 心優しいルームメイトのパティーに白アライグマ・クリリンの存在がバレてしまったルーシャ! ……もう隠しきれないな。 クリリンを預けるためロンドンの動物園へ向ったルーシャが再会した人は——!? 「……おや。あの時の可愛いカボチャくんじゃないか!?」 次回 #39: 奇跡の再会と忍び寄る影: 恩人アルバートとの再会と、ジュリアンに握られた退学の弱み 「ねえ、おじさま。あなたは……どうしてここに?」 お楽しみに!

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