39 / 95

#39: 奇跡の再会と忍び寄る影: 恩人アルバートとの再会と、ジュリアンに握られた退学の弱み

聖ファーガスン学院のキャンパスを彩っていた鮮やかな紅葉は、いつの間にか色褪せ、冷たい木枯らしが地面を埋め尽くしていた。 「……あれ? 今の鳴き声、何?」 ベッドに寝転んで本を読んでいたパトリック・オブライエン——愛称パティーは、分厚い眼鏡の奥で目を丸くした。 部屋の隅、クローゼットの中から「ガサゴソ」と不穏な音が響き、続いて「きゅぅ……」という、男子校の寮には絶対に存在してはいけない愛らしい鳴き声が聞こえてきた。 ルーシャは心臓が跳ね上がるのを感じ、慌ててクローゼットの前に立ちはだかった。しかしパティーの怪訝そうな視線を誤魔化すことはできなかった。 「……もう隠しきれないな」 ルーシャは観念して肩を落とすと、クローゼットの扉をそっと開けた。 毛布の隙間から、大きな黒い瞳がこちらをじっと見つめている。小さな白いアライグマが、ちょこんと顔を出していた。 「な、なにこれ……!? マジで!?」 「しっ! 大きな声出さないで、パティー……! この子の名前はクリリン。転校のバタバタに紛れて、僕の後をついてきちゃったみたいなんだ」 ルーシャは必死に両手を合わせて頭を下げた。 「お願い、誰にも言わないで。見つかったらクリリンがどうなっちゃうか分からない……」 パティーはしばらく固まっていたが、怯えたクリリンと、必死に懇願するルーシャの瞳を見比べ、やがてふっと表情を緩めた。 「……分かった。誰にも言わないよ。それにしても……めっちゃ可愛いじゃん」 その言葉を聞いた瞬間、ルーシャの肩から力が抜けた。秘密を共有したことで、二人の間にあったよそよそしい壁が、一気に崩れていくのを感じた。 しかし、現実は甘くない。 ここ数日、季節の深まりとともに冷気が身に沁みるようになると、クリリンの元気は明らかに落ちてゆく。この部屋で野生動物を隠し飼いするのも限界かもしれない—— 「ちゃんとした場所に預けた方が、この子のためにもいいよね……」 ルーシャが呟くと、パティーは少し考えてから引き出しからガイドブックを取り出した。 「じゃあここはどう? ロンドンにある『ペンドルトン動物園』。小さいけど評価(★★★★☆)はなかなか良いみたいだよ。あれっ、苗字同じじゃん。ルーシャと同じペンドルトンだ」 「…………え?」 ルーシャは一瞬固まったが、次の瞬間、バスケットにクリリンを押し込むと迷わず寮のドアに向かった。 「え、ちょっと待ってルーシャ!? 無断外出なんて見つかったら退学だよ!?」 パティーの慌てた声を背中に受けながら、ルーシャは学園を囲む高い石壁の前に立つと、迷いなく縁に手をかけ、するするとよじ登り始めた。 「うそ……マジで……」 あっという間に壁を乗り越え、向こう側へ飛び降りてしまったルーシャの背中を、パティーは呆然と見送ることしかできなかった。 「ああ……本当に行っちゃった……」 ◇ リージェンツ・パークの片隅に、その小さな動物園はひっそりと佇んでいた。 ルーシャは重いバスケットを足元に置き、檻の掃除をしていた男の背中に声をかけた。 「あの……すみません。この子を、こちらで預かっていただけないでしょうか」 男がゆっくりと振り返る。ボサボサの髪に、不釣り合いなほど大きなサングラス。ルーシャは息を呑んだ。 「……おや。これはこれは、あの時の可愛いカボチャくんじゃないか」 「え……? お、おじさま……!!」 サングラスを少しずらしてニヤリと笑うその顔は、ペンドルトンの屋敷からルーシャを助けてくれた、あの男——アルバートだった。 「アルバートおじさま、どうしてここに……?」 「それはこっちの台詞だよ、ルーシャ。あれから音沙汰がないと思ったら、今度はロンドンの動物園でアライグマの密輸か?」 男は皮肉っぽく口端を歪めると、サングラスを少しずらして、どこか可笑しげに目を細めた。 「……それで? あのエンブレム泥棒の汚名は晴れたのかい?」 「ええ、おかげさまで……。今はロンドンの学園に通っています。この子は事情があって、一緒にいられなくなってしまって」 「そうかい。まあ、無事で何よりだ」 アルバートは深くは追及せず、バスケットから覗く白い鼻先に優しく指を伸ばした。 「アルバートおじさま、それでこの子なんですが……」 「預かるよ。白いアライグマは珍しい。僕が責任を持って面倒を見てあげる。ここなら安全だ」 「ありがとうございます……本当に」 ルーシャが安堵の息を吐くと、アルバートはふっと柔らかい笑みを浮かべた。 「それより、君の方こそ……元気そうで何よりだ、ルーシャ」 その低い声と言葉に、ルーシャの頰がわずかに熱くなった。 束の間、ルーシャの顔に久しぶりの柔らかい笑顔が戻る。しかしすぐに我に返り、アルバートを見上げた。 「ねえ、アルバートおじさま。あなたは……どうしてここに?」 聞きたいことはたくさんあったが、アルバートは「さて、仕事に戻るかな」と軽くいなし、クリリンのケージを抱え上げて背を向けた。 その広い背中を見送った後、ルーシャは急ぎ足で動物園を後にした。 冷たい木枯らしの中、学園の石壁まで戻ってきたルーシャが、凍える手で再び壁をよじ登ろうとした、その時だった。 「ルーシャ、早く! こっちだ!」 壁の上から身を乗り出すようにして、パティーが手を差し伸べていた。鼻を赤くし、寒さに震えながら、彼はずっとそこでルーシャの帰りを待っていてくれたのだ。 「パティー……!」 パティーの手に力強く引き上げられ、敷地内に着地すると、二人は息を潜めながら足早に寮へと走り去った。 しかし——。 少し離れた校舎の影から、その一部始終を静かに見つめる者がいた。暗闇の中の冷えた琥珀色の瞳—— 「……無断外出とは、なかなかやるじゃないか、マディ。それに共犯者まで」 ジュリアンの唇に、冷ややかで愉しげな笑みが浮かんだ。 つづく — 生徒会長のジミーから誘われ、生徒会を手伝うことになったルーシャ。そこにいたのは、アニーだった。 「……初めまして。今日から手伝うことになった、ルーシャです」 次回 #40: 生徒会室での予期せぬ再会: クリスマス劇の抜擢と、パティーを狙うジュリアンの罠 「もしかして、どこかで会ったことあるのか? なんか、妙な雰囲気だけど」 お楽しみに!

ともだちにシェアしよう!