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#42: 夜のロンドンと酔い潰れた恩人: 帰れないペントハウスで大人のアルファと二人きり
クリスマスが過ぎ、聖ファーガスン学院は深い冬休みの静寂に包まれていた。
生徒たちは皆、家族のもとへ帰省する中、帰る場所のないルーシャは、がらんとした学園に一人取り残されていた。
普段は厳しい規律に満ちた学園も、今は教師の目も門番の警戒も緩みきっている。ルーシャはその隙を逃さなかった。
胸にずっと秘めていた想い——アライグマのクリリンと、そしてもう一人、会いたい人がいた。
冷たい風が吹き抜けるロンドンの動物園に着くと、ルーシャは小さく息を弾ませて声をかけた。
「クリリン、元気だった?」
檻の中で丸くなっていた白いアライグマが、ピクッと耳を動かす。
すると、背後から聞き慣れた低く落ち着いた声が降ってきた。
「おや……これはカボチャくんじゃないか」
振り返ると、厚手のコートを着たアルバートが、薄暗い照明の下で静かに微笑んでいた。
「こんな時間にどうした? 授業は?」
「やだなあ、冬休みですよ……。みんな実家に帰っちゃって、学園には僕一人なんです。行くあてもなくて……」
ルーシャが少し寂しげにうつむいてそう言うと、アルバートは小さく笑い、大きな手でルーシャの頭を優しく撫でた。
その大きな手の温もりに、ルーシャの胸が小さく跳ねる。
「ちょうど俺も仕事が終わったところだ。どうだ? これから二人で、ロンドンの夜の街に繰り出さないか」
アルバートの声は低く、どこか甘く響いた。
ルーシャは一瞬驚いたように目を丸くし、それからゆっくりと頰を染めた。
◇
アルバートに連れられてやってきたのは、ロンドンの下町にある賑やかな大衆パブだった。
学園の食堂とはまるで違う、熱気と活気に満ちた空間。狭いテーブルで向かい合うと、ほどなくして山盛りの揚げ物が運ばれてきた。
「……これ、何ですか?」
ルーシャが目を丸くすると、アルバートは喉を鳴らして笑った。
「フィッシュ&チップスだよ。ロンドンに来てまだ食べてなかったのか?」
「は、はい……」
「ははっ、さすが名門校のお坊ちゃんか。まあいい、食ってみな。これぞ庶民の味だ」
アルバートに促され、ルーシャが恐る恐る一口頬張ると、塩気と油の香ばしさが一気に広がった。初めての味にルーシャの目が輝く。
すると今度は、ドン、と琥珀色の液体がたっぷり入ったジョッキが目の前に置かれた。
「ほら。そろそろこういうのも覚えなきゃな。飲んだことないだろ?」
「お酒……ですか?」
ルーシャはおそるおそるジョッキを両手で持ち上げ、恐る恐る一口飲んだ。
「……っ! うわ、苦っ……! こんなの飲めませんよぉ……」
眉を寄せて舌を出すルーシャを見て、アルバートは声を上げて大笑いした。
「はははっ! まだまだガキだな、お前は!」
そう言いながら、アルバートは自分のジョッキを豪快に傾け、喉を鳴らしてグビグビと飲み干した。
「ぷはっ! やっぱり仕事の後はこれに限る」
ルーシャは苦い後味を感じながらも、目の前で無防備に笑うアルバートの姿から、なぜか目が離せなくなっていた。
(おじさま……こんな風に笑うんだ)
学園での息苦しさも、ジュリアンの影も、今この瞬間だけは綺麗に消えていた。アルバートの持つ大きな包容力が、ルーシャの心をじわじわと溶かしていく。
しかし、ペースを上げて次々とジョッキを空にしていくアルバートは、みるみるうちに酔いが回ってきたようだった。
「……アルバートおじさま、ちょっと、飲みすぎですよぉ……」
すっかり出来上がってしまったアルバートは、千鳥足でパブを出ると、ふらりとルーシャの肩に重い腕を回してきた。
ずっしりとした大人の男の重みと、熱い体が密着する。ルーシャは必死に足を踏ん張りながらも、頰が熱くなるのを抑えられなかった。
「もう……家、どっちですか?」
「んー……あっち、かな……」
言われるがままに、ルーシャはアルバートの大きな身体を支えながら夜のロンドンを歩き始めた。冷たい夜風が吹いているはずなのに、密着したアルバートの体温がルーシャの体をじわじわと熱くしていく。
やがて辿り着いたのは、街の喧騒から少し離れた古いレンガ造りのアパートだった。
「ちょっと……まだ登るんですか!?」
狭く薄暗い階段を、アルバートを引きずりながら必死に上る。息が上がり、足が震える。
「……っ、重い……!」
ようやく最上階に着き、重い扉を開けた瞬間——。
「うわぁ……!」
ルーシャは思わず息を呑んだ。
そこは夜景が一望できる豪奢なペントハウスだった。大きな窓の向こうに、ロンドンの街が宝石のようにきらめいている。
「ふぅ……着いた……」
どさっ。
アルバートはそのまま部屋の奥にある大きなベッドに倒れ込み、あっという間に深い寝息を立て始めた。
「えっ!? アルバートさん!?」
慌てて駆け寄り、大きな肩を揺さぶる。
「起きてください! 僕、どうやって学園に帰ればいいんですか!? 夜のロンドンなんて道も分かりませんよ……!」
「んぅ……」
アルバートは気持ちよさそうに寝返りを打ち、枕をぎゅっと抱きしめるだけで全く起きる気配がない。
「アルバートさんっ! アルバートさーんっ!」
何度呼びかけても、返ってくるのは規則正しい寝息だけだった。
時計の針はすでに深夜を回っている。帰り道はおろか、ここがロンドンのどこにあるのかすら分からない。見知らぬ街の最上階で、意識を失った大人のアルファと二人きり——。
「ど、どうしよう……僕……」
窓の外では冷たい冬の風が吹きすさび、ルーシャはベッドの傍らに立ち尽くしたまま、途方に暮れるしかなかった。
心臓の音が、妙に大きく響いている気がした。
つづく
—
アルバートの隠れ家——ロンドンのペントハウスで朝を迎えたルーシャは、カフェでコーヒーを飲んだ後、馬車で学園寮まで送ってもらう。
(おじさまにに……また、会いたい…)
次回
#43: 秘密の蜜月とダボダボのワイシャツ: 目覚めてしまったオメガの本能と抑えきれない熱
でも…、あの人は男なのに。いけない……こんなの、いけないことだよ……
お楽しみに!
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