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#44: 姉弟の傷跡と復讐の誓い: 姉の仇「ジェルーシャ・アボット」への憎悪
学園の生徒会長、ジミー・マクブライドは、意中の相手であるアニーに想いを打ち明け、一度だけ街へデートに出かけた。しかしそれ以降、進展らしい進展は何もない。彼の胸の奥では、抑えきれない焦燥と苛立ちが、日増しに熱を帯びて燻り続けていた。
ルーシャとアルバートが、ロンドンの片隅で誰にも邪魔されない、甘く溶けるような蜜月の時間を過ごしていたちょうどその頃——。
ジミーはロンドン郊外の実家へと帰省していた。
暖炉の火が柔らかく揺れる広間で、重いコートを脱ぎ捨てたジミーの肩を、冷えた空気が容赦なく包み込む。出迎えたのは、一つ年上の姉・サリーだった。
「おかえりなさい、ジミー」
マクブライド家は数年前から深刻な資金繰りの悪化に苦しんでいた。しかし、ペンドルトン家から多額の融資を受けたことで、どうにか破産を免れていたのである。この繋がりの背景には、亡き母の妹(弟)がペンドルトン家の後妻であるヒルデ夫人(男)だという縁がある。つまり、ジミーとサリーにとって、ジュリアン・ペンドルトンは血の繋がらない従兄弟にあたるのだ。母を亡くし、父も不在がちなこの広い屋敷で、サリーはずっと母親代わりとしてジミーを支え、家を守り続けてきた。
「ただいま、姉さん。……家のことは順調みたいだね」
「ええ。ペンドルトン家のおかげで、なんとか持ち直せたわ」
サリーが温かい紅茶を差し出すと、ジミーは深く息を吐き、ソファに大きく身を沈めた。
紅茶の湯気が立ち上る中、ふと視線を落としたその横顔には、隠しきれない疲労と苛立ちが滲んでいた。
「そういえば、学園ではどうなの? ジュリアンとは上手くやってる?」
「ジュリアン? ああ、あいつにはよくしてもらってるよ。実は最近……色々と、相談にも乗ってもらってるんだ」
ジミーはまっすぐで裏表のない性格だ。ジュリアンが内心で自分を弄び、冷ややかな目で観察しているなど、露ほども疑わず、ただ頼れる親戚として純粋に心を許していた。
しかし、言葉の端々に滲む弟の澱んだ熱を、鋭いサリーが見逃すはずがなかった。
「……相談? 何か困ったことでもあったの?」
「えっ!? い、いや、そういうわけじゃ……」
「ジミー。もしかして……恋でもしてるの?」
サリーの鋭い指摘に、ジミーは耳の先まで真っ赤に染まり、狼狽えた。
大きな手で自分の膝を強く握りしめ、視線を泳がせるその姿は、普段の生徒会長らしい凛々しさとはほど遠かった。
「図星ね。しかも、相当に手こずってる顔をしているわ」
「……」
「話しなさいな。姉さんに隠し事はなしよ」
ジミーは観念したように短く息を吐き、乱暴に髪を掻きむしった。
暖炉の火が彼の頰を赤く照らす中、ぽつり、ぽつりと、熱を孕んだ声で胸の内を零し始めた。
相手が「男」であること。一度だけデートをしたものの、ちっとも心を開いてくれないこと。自分が少しでも近づけば、相手が怯えたような瞳で後ずさり、逃げるように距離を取ること——。
「俺……どうしたらいいか、分からないんだ。俺の愛情が、重すぎるのかもな……。あいつの体温すら、ちゃんと感じさせてくれないのに……俺は、ずっと、欲しくて仕方ない」
苦悩する弟の横顔を見て、サリーの瞳にふっと暗い影が落ちた。
「……愛する人に拒絶される痛み……、私にもよく分かるわ」
サリーは自嘲めいた笑みを浮かべ、ティーカップを静かに置いた。その横顔は、普段の凛とした美しさからは想像もつかないほど深く傷つき、鬱屈とした絶望と、抑えきれない渇望が混じり合っていた。
暖炉の炎が二人の影を長く伸ばす中、屋敷に満ちる静けさは、どこか甘く重く、湿った熱を帯びていた。
「姉さん……? まさか、まだあの夏の日のことを……」
ジミーが息を呑むと、サリーは自分の胸元をきゅっと掴み、細い指を震わせた。
脳裏に蘇るのは、ペンドルトン館での忌まわしい記憶。別れ際、想いを込めてイニシャルを刺繍した絹のハンカチを渡そうとした、あの瞬間。それは彼女にとって、一生に一度の、命を賭けたような愛の告白だった。
しかし相手のオメガの少年は、そのハンカチを受け取るどころか、冷酷な瞳で彼女を見下ろし——
「こんなのいらないよ」と、まるで汚らわしいもののようにその場で無惨に叩き落としたのだ。
「ええ……引きずっているわ。忘れられるわけがない」
サリーの声が、微かに、しかし深く震えた。
彼女はゆっくりと目を伏せ、弟の顔を優しく見つめ返す。
「……ジミー。あんたの気持ち、痛いほど分かる。愛する相手に拒絶されるあの感覚……胸が締めつけられて、息もできなくなるような。夜も眠れず、相手の冷たい目ばかりが頭に浮かんで、何度も何度も自分を責めてしまう……。私も、あの時と同じように、今のあんたと同じように、苦しんでいるのよ」
サリーは自嘲めいた笑みを浮かべながらも、そっと手を伸ばし、ジミーの大きな手に自分の手を重ねた。
その指先は温かく、弟の痛みを分け合うように優しかった。
「私の初恋は、あの冷たい言葉で無惨に踏みにじられて……引き裂かれたままなの。だからこそ、余計に……あんたには同じ道を歩ませたくない」
普段は気丈で凛とした姉の、痛々しいまでの涙声と、弟への深い慈しみに満ちた眼差し。
(俺の大切な姉さんを、こんなにも深く傷つけて……!)
ジミーは拳をギリッと強く握りしめ、胸の奥で熱い怒りが渦巻くのを感じた。
「許さない……絶対に許さないぞ、ジェルーシャ・アボット……!」
ジミーの口から漏れた、呪詛のような低い声。彼はまだ知らなかった。「ルーシャ」という転校生こそが、姉の仇であるジェルーシャ・アボット本人だということを。
冬の嵐が窓を激しく叩く中、マクブライド邸の冷たい広間には、逃れられない愛憎と、姉弟の共有する切ない渇望が、静かに、しかし深く根を下ろしていった。
つづく
—
アルバートに連れられ、『チョーカー』を買いにロンドンの街へ出かけるルーシャ。
まるで結婚指輪を選ぶような甘い空気が漂う。「お似合いのカップル」と店主に冷やかされ、顔を赤らめるアルバート。
「……っ、そんなんじゃないよ!」
次回
#45: 初めてのヒートと銀のチョーカー: 溢れ出すオメガの熱と、買いに出かけた甘い証
「……ルーシャ、君の白い首には、この細身の銀細工がよく似合うと思うんだが」
お楽しみに!
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