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#48: 砕け散った純情と渡せなかったチョコレート: 悲痛なバレンタインと、すれ違う不器用な想い

聖ファーガスン学院のプライベートサロンには、相変わらずビリヤードの球がぶつかる乾いた音だけが響いていた。 「……なぁ、ジュリアン。あれは、本当なのか?」 ジミーはキューを握ったまま、力なくテーブルに突っ張った。狙いを大きく外れた白球が、情けなくテーブル上を転がっていく。 「アニーとルーシャが……本当に付き合ってるなんて」 その声には、隠しきれない動揺と苛立ちが滲んでいた。 ジュリアンは革張りのソファに深く腰を沈め、グラスの氷を優雅に揺らしながら、愉しげに目を細めた。 「さあね。俺としては、ただちょっとしたカマかけのつもりだったんだけど」 「カマかけ……? でもアニーは確かに認めたじゃないか! ルーシャを好きだって……!」 激昂しかけるジミーを、ジュリアンは冷ややかな笑みで軽く手で制した。 「あー、それはね、ジミー。君の気を引くための駆け引きなんじゃないのか?」 「……俺の、気を引くため?」 ジュリアンが適当に並べた嘘に、ジミーは縋るような目で顔を上げた。その瞳は必死で、痛々しいほど純粋だった。 「ああ。そうだよ。ジミー、あんな回りくどい駆け引きに付き合っていないで、もっとストレートに、ちゃんと自分の気持ちを伝えたらどうだい?」 「ストレートに……って、どうやってだよ」 「ちょうどいいイベントがあるじゃないか。来週はバレンタインだ」 ジュリアンの提案に、ジミーは面食らったように目を丸くした。 「バレンタイン……? 何を言ってるんだ、ジュリアン。あれは女性から男性に愛を告白する日だろう。男同士でそんなこと……」 「ははっ、何を古臭いことを言ってるんだよ」 ジュリアンはグラスを長卓に置き、楽しげに肩をすくめた。 「そんな形式にいちいちこだわってどうするんだい? 愛を伝えたいなら、方法なんて関係ないだろ」 「愛の……告白」 ジミーの胸に、消えかけていた熱が再び灯った。あのお茶会でのアニーの言葉は、自分の気を引くための不器用な作戦だったのかもしれない——そう都合よく解釈したかった。バレンタインという特別な日なら、自分のまっすぐで熱い想いを、あいつもきっと受け止めてくれるはずだ。 「……そっか。そうだな、ジュリアン。俺、やってみるよ」 「ああ、応援しているよ、ジミー」 ◇ バレンタイン当日。冷たい寒風が容赦なく吹きすさぶ昼休みの体育館裏。 「アニー。受け取ってくれ……これ、俺の気持ちだ」 ジミーは無理に明るい笑顔を作ろうとしていたが、差し出す手は緊張と期待で小さく震えていた。美しくラッピングされた小さなチョコレートの箱には、彼の抑えきれない想いがぎゅっと詰まっていた。 しかし、アニーはその箱を見つめたまま、うつむいて一歩も動こうとしなかった。 「アニー……?」 「……ごめんなさい、ジミー」 アニーの声は地を這うように小さく、それでいて決定的に冷たかった。 「どうしてだ……? どうして受け取ってくれないんだよ?」 ジミーの声が裏返る。焦燥と傷つきが一気に溢れ出し、彼はアニーの細い肩を両手で強く掴んだ。必死に顔を覗き込もうとするその瞳には、男として抑えきれなかった渇望と、純粋な恋心が痛々しく浮かんでいた。 「どうしてなんだよ、アニー! 理由を教えてくれ! 俺は……俺は本気なんだ!」 「……」 アニーは何も答えられなかった。ただ、涙が滲む瞳を伏せ、きゅっと唇を噛み締めたまま、石のようにその場に固まっていた。震える肩と、ジミーの大きな手に包まれた自分の体温が、胸を締めつける。 「ごめんなさい……っ!」 アニーはジミーの腕を振りほどくと、涙を散らしながら振り返ることなく全力で走り去った。その細い背中は、風に煽られてひどく儚く見えた。 残された体育館裏には、冷たい風だけが吹き抜けていく。 手渡されることのなかったチョコレートの箱を握りしめたジミーは、プライドも純情も粉々に砕かれたまま、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。 ◇ 一方、その頃。 「……頼むパティ、すぐ帰ってくるから! もし午後の授業に遅れちゃったら、僕の代わりに返事しといてよ!」 「そ、そんなの無理だよルーシャ! 見つかったら退学だってば!」 パティの悲痛な叫びを背に受けながら、ルーシャは学園の石壁を軽やかによじ登っていた。 (今日は……おじさまに、チョコレートを……) 壁を乗り越え、冷たい風の吹きすさぶロンドンの下町へと駆け出しながら、ルーシャは胸の内で何度もその言葉を繰り返していた。 ロンドン動物園の裏手、鉄柵の前に佇むアルバートの姿を見つけた瞬間、ルーシャの足が止まった。 アルバートはルーシャの姿を認めると、サングラスの奥の目を驚きに見開いた。 「ルーシャ……!? お前、こんな真昼間からまた学園を抜け出してきたのか!」 低い、諭すような声が頭上から降ってくる。ルーシャはビクリと肩を震わせ、その場に縮こまった。 「あ、あのっ……! い、今はちょうど昼休みだから……!」 ポケットの中に握りしめたままの小さな包みに、思わず指が伸びかける。しかし、アルバートの鋭い視線を感じた途端、その手を慌てて引っ込めてしまった。 「……その、クリリンのことが、どうしても気になって……元気かなって……」 ルーシャは耳まで真っ赤にしながら、苦しい言い訳を口にした。視線はアルバートの胸元あたりを泳いだまま、一度も顔を上げられない。 アルバートは呆れたように深いため息をつくと、大きな手でルーシャの頭を軽くくしゃくしゃと撫でた。 「クリリンのことは俺がしっかり見てる。心配するな」 その大きな手の温もりと、低い声に、ルーシャの胸が甘く疼いた。 渡したかったチョコレートは結局、ポケットの奥で握りしめられたまま、誰にも渡せずにいる。 「……うん。僕、もうすぐ午後の授業が始まっちゃうから戻らなきゃ。じゃあ……またね、おじさま」 ルーシャは寂しさを誤魔化すように精一杯明るく微笑むと、踵を返して走り出した。 その背中は、どこか痛々しく、未練たっぷりに見えた。 アルバートはルーシャの小さな背中が完全に消えるまで、静かに見送っていた。 つづく — バレンタインの余韻が残る聖ファーガスン学院に、学園中をざわつかせる謎の転校生がやってきた! 「……まさか。本当にお前なのか、ジュリア……?」 次回 #49: 狂気の転校生と目覚める服従: ドレスを脱いだジュリアの襲来と、逃れられないアニーの運命 「そうだよ、兄貴。驚いたか?」 お楽しみに!

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