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#56: 生殺しの同室と残酷な真実: ジュリアンの暴露と、夜の部屋に集う四人
聖ファーガスン学院に吹き荒れていた凍てつく風もようやく緩み、キャンパスの木々に芽吹きの予感が漂い始めた頃のことだった。
厳格な規律を重んじるこの全寮制の学園において、極めて異例となる「季節外れの急な部屋替え」が突如として発表された。
夕暮れが迫る男子寮の一室。
パトリック・オブライエン——愛称パティーは、すでに荷物をまとめ終え、部屋の入り口に立っていた。
「……ルーシャ、それにしても急な部屋替えだよね。でも、ルーシャと同じ部屋になれて本当に嬉しかったよ。短い間だったけど、今までお世話になったね。ありがとう」
分厚い眼鏡の奥の目を少し潤ませながら、パティーは優しく微笑んだ。
「パティー……僕の方こそ、ありがとう」
ルーシャが寂しそうに眉を下げると、パティーはぶんぶんと首を振った。
「一緒にいられて楽しかったよ。新しい部屋に行っても、僕たちの仲が変わるわけじゃないからね。これからもずっと仲良くしてね!」
「うん、もちろん……!」
トランクを引いて部屋を出ていくパティーの背中を、ルーシャは少しの寂しさと不安を胸に、静かに見送った。
パティーの足音が廊下の奥に消えてから数分後。開け放たれたままの扉から、新たなルームメイトが荷物を抱えて姿を現した。
「……今日から同じ部屋になったね、ルーシャ。よろしく頼むよ」
そこに立っていたのは、生徒会長のジミーだった。
ジミーは部屋に入ると、少し改まった様子でポケットから小さな包みを取り出し、机に置いた。
「これ、受け取ってくれ」
「え、何?」
「ホワイトデーだよ。……本当は君から貰っていたらそのお返しなんだけどね。まだもらってないから、これは先取りだ。来年のバレンタインは、僕は君からチョコを貰いたいな」
ルーシャが苦笑しながら包みを開けると、中には可愛らしいホワイトチョコレートが入っていた。
「わあ、ありがとう。ホワイトチョコ、大好きなんだ」
ルーシャは一つ口に放り込み、嬉しそうに目を細める。ジミーはそんなルーシャの様子を見ると満足げに微笑んだ。
こうして始まった、二人の共同生活。しかし、それはジミーにとって甘美で、かつ狂おしいほどの「生殺し」の始まりだった。
同じ部屋で過ごす夜。消灯時間を過ぎ、窓から差し込む青白い月明かりだけが室内を淡く照らしている。
静寂の中、ジミーは耐えきれなくなって自分のベッドを抜け出し、ルーシャのベッドへとそっと近づいた。
「……ジミー?」
シーツの中で小さく身を縮めるルーシャの手に、ジミーの大きな熱い手が重なった。アルファの体温が、じんわりと伝わってくる。
「ルーシャ……俺は……」
熱に浮かされたような低い声で、ジミーがさらに距離を詰め、ルーシャの身体の上に覆い被さるように近づく。その瞳には抑えきれない欲望が揺らめいていた。
しかしルーシャは、震える両手でジミーの胸をそっと押し返した。
「だめだよ、ジミー……。君のことは好きだけど……でも、まだそういうのは……」
「どうして……っ」
ジミーの声が、傷ついたように掠れる。
「君との関係は大事にしたいから……もう少し、考えさせてほしいんだ……」
ルーシャがすがるような瞳でそう言うと、ジミーは唇を強く噛み、苦しげに顔を歪めた。
「……俺たちが、男同士だからダメなのか?」
「そういうわけじゃない……!」
ルーシャは慌てて首を振り、すぐにうつむいて震える声で続けた。
「でも……やっぱり、考えちゃうよ。だって……僕、そんなの経験ないもん……」
ウブで純粋な、嘘のない言葉?だった。
その叫びを聞いた瞬間、ジミーの身体からすっと力が抜けた。これ以上、自分の欲望だけで強引に押し切ることはできなかった。
「……うん、分かったよ」
ジミーは小さく息を吐き、ルーシャの手を優しく握り直した。
「今の関係を大切にしていこうな……」
そう言って身を引いたが、彼の胸の奥では焦燥と欲求不満の熱が、ますます激しく煮詰まっていた。
ルーシャの温もりを感じながらも触れられない毎夜——それはジミーにとって、甘くも狂おしい「生殺し」の始まりだった。
◇
数日後の放課後。
生徒会室で山積みの書類に向き合っていたジミーは、ふぅと深いため息をついた。ルーシャへの満たされない想いが、その横顔に濃い影を落としている。
そこへ、重厚な扉がゆっくりと開き、漆黒の外套を羽織ったジュリアン・ペンドルトンが姿を現した。
ジュリアンは室内を見回し、作業をしていた下級生役員たちに目を留めると、極上の笑みを浮かべて言った。
「……ちょっと君たち、外してくれないか」
有無を言わせぬアルファの威圧感に、役員たちは慌てて資料を抱え、逃げるように生徒会室から出て行った。
広い室内に、ジュリアンとジミーの二人だけが残される。
「何の用だ、ジュリアン」
ジミーが警戒を露わに問うと、ジュリアンは優雅な足取りで長机に近づき、愉しげに目を細めた。
「季節外れの部屋替えを断行して、ルーシャと相部屋になったそうだね。生徒会長の権限をずいぶん好き勝手に使っているじゃないか」
「……お前には関係ないだろ」
「君はルーシャという名のオメガのフェロモンに、すっかり夢中になっているようだ」
ジュリアンの冷ややかな声が、ジミーの胸を鋭く抉った。ジミーが反論しようとするより早く、ジュリアンはさらに言葉を重ねた。
「君は、あのルーシャの出自を知っているのか? 元々はマディと言って、ペンドルトン家の使用人の身だった男さ」
「マディ……? それが彼の本当の名前だというのか?」
ジミーが動揺して眉をひそめると、ジュリアンは喉の奥でくすくすと笑った。
「ジュリアが付けた名前さ。なかなか相応しいだろう? 今はルーシャなんて名乗っているがね」
「……ルーシャは本当の名前ではないのか?」
ジミーが身を乗り出して尋ねると、ジュリアンはわざとらしく肩をすくめた。
「名前すらもよく知らない相手に、そこまで熱を上げているのかい? 君も物好きだな」
ジュリアンは氷のように冷たい琥珀色の瞳でジミーを射抜き、静かに告げた。
「……確か、ジェルーシャ・アボットとか言ったかな」
——ジェルーシャ・アボット。
その名が放たれた瞬間、ジミーの脳裏に激しい落雷のような衝撃が走った。
忘れもしない。最愛の姉サリーを無残に傷つけ、精神を壊した張本人。身分を偽り、自分を騙し、掌の上で転がしていたあの男の名前。
ジミーの全身が激しい動揺でワナワナと震え始めた。顔から血の気が引き、唇が白くなる。
「嘘だ……! 君は嘘をついている!」
声が掠れ、ほとんど叫び声のようだった。
ジュリアンはそんなジミーの凄惨な表情をじっくりと眺め、満足げに口角を上げた。
「信じられないのなら、今夜直接確かめればいい」
ジュリアンは優雅に髪をかき上げ、低く甘い声で提案した。
「今夜、君の部屋に行こう。私がすべてを白日の下にさらしてあげよう。……そうだな、君をズタズタに傷つけたアニーも、実は一役買っているんだよ。彼も一緒に連れて、今夜君の部屋に伺うよ」
ジュリアンの琥珀色の瞳には、残酷な愉悦がはっきりと浮かんでいた。
その言葉は、ジミーの心をさらに深く抉り、黒い渦へと引きずり込んでいく。
◇
その夜。
静まり返った男子寮の、ジミーとルーシャの部屋。
ルーシャは昼間から様子のおかしいジミーにずっと不安を抱きながら、ベッドの上で膝を抱えて過ごしていた。
——コン、コン、コン。
静寂を鋭く切り裂くようなノックの音が響いた。
ジミーは一切の躊躇なく立ち上がり、扉を開ける。その瞬間、ルーシャは息を呑んだ。
「ジュリアン……!? それに、アニー……!?」
扉の向こうに立っていたのは、冷たい微笑みを浮かべたジュリアンと、その後ろにはただ力なくうつむくアニーの姿があった。
(一体……どうしたんだ……? 何が起きているんだ……?)
ルーシャの胸に、極限の動揺が広がっていく。
ジュリアンは優雅に室内へ一歩踏み入れると、獲物を完全に追い詰めた獣のような、甘く残酷な笑みを深めた。
「やぁ、マディ。お休みのところ失礼するよ。どうしても今夜、ジミーが君に『聞きたいことがある』と言って聞かないんだ。俺たちはその証人として、呼ばれたのさ」
ジュリアンの琥珀色の瞳が、暗い部屋の中で妖しく、ねっとりと輝いていた。
つづく
—
ジュリアンはチョコレートを自らの口に含むと、それを床に「ペッ」と吐き出した。そしてアニーに命じる。
「アニー、それを手を使わずに食べろ」
「はい、ジュリアン様」
次回
#57: 悪魔の口移しチョコレートゲーム: ジュリアンの残酷な遊戯と、アルファたちの激突
「ほら、みろ。コイツは俺のペットなのさ」
お楽しみに!
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