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#57: 悪魔の口移しチョコレートゲーム: ジュリアンの残酷な遊戯と、アルファたちの激突
消灯時間をとうに過ぎた深夜。唐突に響いたノックの音に扉を開けるジミー。そこに現れたのは、アニーを従えたジュリアンだった。
「やぁ、マディ。お休みのところ失礼するよ。どうしても今夜、ジミーが君に『聞きたいことがある』と言って聞かないんだ」
その言葉が終わらないうちに、ジミーが低く荒々しい声で切り込んだ。
「……おい、ルーシャ。いや、ジェルーシャ・アボット」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
「お前がサリー姉さんをさんざん弄んで、ボロ雑巾のように捨てたのか?」
逃げ場のない鋭い視線に射抜かれ、ルーシャの頭の中が真っ白に弾けた。
「えっ……? な、何を急に……? 何のことですか……?」
「とぼけるな!」
ジミーの怒号が密室に響き渡る。
「忘れたとは言わせないぞ、サリー・マクブライドだ! ペンドルトンの屋敷で、一介の使用人に過ぎないお前が、姉さんの純粋を踏みにじったんだ!」(24話参照)
『S.M.』と刺繍の入った純白のハンカチ。そして、それを自らの手で払い落としたあの朝の光景が、鮮烈に脳裏に蘇る。
「サリー姉さんが、どんなに傷ついて、苦しんだことか……」
ルーシャの顔から血の気が引いた。弁解など、何一つできるはずがない。
「ごめんなさい……。僕は酷いことをしました。あの時は、確かに……。でも、あなたがサリー様の弟だなんて……」
ルーシャの震える声が、部屋に弱々しく響いた。
「ほらな。本人が認めたろ?。これで決まりだ」
ジュリアンが氷のように冷たく笑い、これ見よがしにため息をつく。
「本当に、身の程知らずの卑しいオメガだな」
しかしジュリアンの悪意は、そこでは終わらなかった。
「……でも、ジミー。コイツが隠しているのは、それだけじゃないんだよ。なあ、アニー?」
アニーは表情を一切変えず、ただ操り人形のようにうつむいたままだった。
「何を言っているんだ、君たちは?」
不審そうに眉をひそめるジミーを尻目に、ジュリアンはルーシャの横顔を愉しげに眺めながら、残酷な笑みを深めた。
「なあ、マディ? アニーの秘密……私の気分次第でどうなるか、わかるよな?」
ルーシャは絶望に目を閉じた。
『……学園内ではアニーとは赤の他人として振る舞ってほしい』
メイフィールド氏との約束が、重い鎖のように胸を締めつける。完全に退路を断たれたルーシャは、震える声を出した。(35話参照)
「……わかりました。お願いです。どうか、気分を悪くしないでください」
「いい子だ」
ジュリアンは満足げに微笑むと、テーブルの上にあったチョコレートを一粒つまみ上げた。それはジミーがルーシャに贈った、あのホワイトチョコレートだった。
彼はそれをルーシャの目の前に突きつけ、甘く残酷に命じた。
「それでは、アニーに手を使わずにこのチョコレートを食べさせろ。それができたら今夜は許してやる」
「そんな……手を使わないなんて、どうやって……?」
「簡単なことさ。口で食べさせるんだよ」
密室に異常な緊張が張り詰める。
ルーシャは震える唇でチョコレートを挟み、アニーとの距離をミリ単位で縮めていった。極限まで張りつめた空気の中、背後で見守るジミーの喉がゴクリと鳴る。
しかし、アニーの冷たい息を肌に感じた瞬間、ルーシャの中で羞恥と背徳が爆発した。
「……っ」
ルーシャはその場に両膝をつき、激しく泣き崩れた。
「許してください……! 神様が見ています……! 他のことなら何でもしますから、どうか許してください……!」
床に額を擦りつけるようにして涙を流すルーシャを、ジュリアンは冷酷に見下ろした。
「神に許しを乞うようなことなのか? こんな簡単なことが。……私が手本を見せてやる」
ジュリアンはチョコレートを自らの口に含むと、それを床に「ペッ」と吐き出した。そしてアニーを見下ろし、冷たく命じる。
「アニー、それを手を使わずに食べろ」
「はい、ジュリアン様」
生気のない声で、アニーはすんなりと命令を受け入れ、四つん這いになって床のチョコレートを口で拾い上げた。
その卑猥で服従的な姿を、ジュリアンは満足げに見つめながら言った。
「ほら、みろ。コイツは俺のペットなのさ」
ジュリアンは狂ったような高笑いを部屋中に響かせた。そして、もう一粒チョコレートをつまみ上げると、床へと落とした。
「マディ、お前は今、何でもすると言ったな。この床に落ちたチョコレートを、手を使わずに食べろ。それで今夜は許してやる」
ルーシャの瞳から一切の光が消え失せた。心をへし折られた人形のように、ただ従うことしかできなくなったルーシャは、ゆっくりと床に膝をついた。
——と、その時だった。
「おまえたちは狂っているッ!!」
極限の異常な空気に耐えきれなくなったジミーが、獣のような咆哮を上げてジュリアンに飛びかかった。
「ぐっ……! おのれ、ジミー!」
「やめて、二人とも、やめて!!」
激しい怒りとプライドがぶつかり合い、二人のアルファは取っ組み合いの乱闘を始めた。筋肉がぶつかる鈍い音、荒い息遣い、床を蹴る足音が狭い部屋に響き渡る。
ルーシャが泣き叫びながら必死に止めに入ろうとするも、狂った獣同士の激突は一向に収まらない。
——ドガァンッ!!
「一体何の騒ぎだ! こんな夜更けに!!」
部屋の扉が乱暴に押し開けられ、ランタンを手にした夜警の怒声が響き渡った。
一瞬にして、部屋の熱気が急速に冷え込んでいく。
夜警の鋭い視線が室内を射抜いた隙に、ジミーは乱れた制服のまま乱闘の場から離れ、そのまま部屋を飛び出していった。激しい足音が、眠りについていた寮の静寂を破る。
残されたジュリアンは、乱れた襟元を整えると夜警に向かって極上の愛想笑いを浮かべてみせた。
「おや、これは失礼。ただのレクリエーションですよ」
夜警の冷たい視線に急かされるようにして、ジュリアンはアニーの腕を引いて部屋を後にした。
閉ざされた扉の向こう、遠ざかってゆく冷たい足音を聞きながら、狂気と背徳に満ちた泥濘の夜は、強引にその幕を閉じたのだった。
つづく
—
アニーと同じ陰湿な「トイレ封鎖」の新たな標的にされてしまうルーシャ!
「おっと。どこ行くんだよ」
「ちょっと通れないぜ、今は」
極限まで追い詰められたルーシャを助け出したのは、あのジュリアだった!
次回
#58新たな標的と予期せぬ救世主:空っぽの相部屋と極限のいじめ、首輪を引かれたジュリア
「——おい。男のくせに、みんなで寄ってたかってくだらねえイジメしてんじゃねえよ」
お楽しみに!
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