62 / 95

#62: 絶望の時計塔と身代わりの嘘: ジミーの飛び降り未遂と、すべてを背負うルーシャの自己犠牲

理事長室でのアニーの虚偽の告発から数日後、聖ファーガスン学院におけるジミー・マクブライドの立場は完全に崩れ落ちていた。 すれ違う生徒たちは汚物を見るような目で彼を見、かつて忠実だった生徒会役員たちまでもが露骨に目を逸らすようになった。 「違う……俺は何もしていない!」と叫べば叫ぶほど、アニーの生気のない瞳と涙の前で、その言葉は醜い言い訳にしか聞こえなかった。 誰も信じてくれない。築き上げてきた誇りも、信頼も、すべてが泥にまみれて踏みにじられた。 (もう……どうすればいいんだ……) 気高くまっすぐだったジミーの心は、逃げ場のない孤独と屈辱の中で、ついに限界を迎えた。 ◇ その日の放課後、学園の中庭に悲鳴が響き渡った。 「嘘だろ……誰か来てくれ! 生徒会長が、時計塔のバルコニーに……!」 パニックに陥った生徒たちが中庭に殺到し、上空を見上げる。冷たい風が吹き荒れる中、石造りの手すりの外側に、虚ろな瞳をしたジミーが立っていた。あと一歩踏み出せば、大理石の地面に叩きつけられる。 「早まるな、ジミー!」 駆けつけた教師たちの必死の説得も、ジミーの耳には届いていないようだった。彼の心はすでに絶望に支配されていた。 その阿鼻叫喚の群衆の最前列で、青ざめたアニーがガタガタと激しく震えていた。 「あ……ああ……」 自分の嘘が、一人の気高い人間の命を奪おうとしている。罪悪感が胸を抉り、アニーはその場に泣き崩れた。 「僕のせいだ……僕のせいで……っ!」 両手で顔を覆い、嗚咽を漏らすアニーに気づき、人混みを掻き分けて駆け寄ってきたのはルーシャだった。 「アニー!」 ルーシャが肩を抱き寄せると、アニーはすがるようにルーシャの制服を強く握りしめた。その体は小さく震え、熱い涙がルーシャの胸に染み込んでいく。 「お願い、ルーシャ……ジミーを助けて……僕、ジュリアン様に脅されて嘘をついたんだ……でも、僕が嘘だって言えば……っ」 「わかった。もういいよ、アニー」 ルーシャは震える親友の背中を、強く、優しく抱きしめた。 (アニーが真実を告白すれば、ジュリアンは容赦なくアニーの過去を暴くだろう……アニーも、ジミーも守るためには、こうするしかない) ルーシャは静かに立ち上がると、騒然とする中庭の中心へと歩み出た。そして塔の上のジミー、いや、学園中の全員に届くように、声を振り絞って叫んだ。 「アニーは嘘をついています!!」 水を打ったように、中庭の騒ぎがピタリと止んだ。数百の視線が一斉にルーシャへと突き刺さる。バルコニーの縁に立っていたジミーも、虚ろだった瞳をわずかに見開いた。 「あの告発は嘘です! 体育館裏でそんな事実はありませんでした!……僕が、アニーを脅してあんな嘘をつかせたんです!」 「ジェルーシャ……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」 教師の一人が血相を変えて怒鳴るが、ルーシャは両拳を固く握りしめ、震える声で続けた。 「ジミー会長が……僕に冷たくするから、許せなかったんです。アニーばかりを優しく見つめる会長の視線が、僕には耐えられなくて……」 ルーシャは叫ぶように言葉を続ける。 「嫉妬で頭がおかしくなったんです。だから、僕がアニーを脅して、嘘の告発をさせた。ジミー会長は何も悪くありません……全部、僕の仕業です」 ルーシャの声は最後の方でかすかに掠れていた。自分自身の尊厳を自ら引き裂き、完全な悪役の仮面を被るその姿に、群衆は息を呑んだ。 「なんて卑劣な……」 「あのオメガが、会長をあそこまで追い詰めたっていうのか……」 どよめきが爆発する中、ルーシャは唇を強く噛みしめた。胸の奥が痛いほどに締め付けられる。 (これで、よかったんだ……) その混乱の隙を突き、時計塔の背後に回り込んでいた職員たちが一気にバルコニーへ飛び出した。複数の手がジミーの腕を掴み、乱暴に引きずり戻す。 「放せ……っ!」 「ジミー、落ち着きなさい!!」 ジミーの飛び降りは、間一髪で未遂に終わった。救出されたジミーは、極度のショックと疲労からその場で気を失い、大事をとってすぐに病院へと搬送されていった。 ◇ 事件は最悪の形で収束した。ジミーの命は救われたものの、学園の秩序を根底から揺るがした前代未聞の騒動。その元凶として、ルーシャとアニーは無期限の謹慎処分を言い渡された。 「…………」 静まり返った学園寮の自室のベッドの上で、ルーシャは一人、静かに膝を抱えていた。すべてを失い、全校生徒から憎悪の的となった。しかし、その瞳には一切の涙はなかった。少なくとも、アニーの秘密は守られ、ジミーの命は救われたのだから……。 重苦しい沈黙が支配するそれぞれの部屋で、ルーシャとアニーは自分たちの運命がどこへ向かうのか。今はただ、運命に身を任せて待つしかなかった。 つづく — 「ルーシャは、そんなことをする子じゃないだろう?……お前は、私に何か大事なことを隠しているんじゃないのか?」 義父・メイフィールド氏の優しくも強い問いかけに、限界まで張りつめていたアニーの心の糸がついに切れる! 次回 #63: 義父への涙の告白と下された接近禁止令: 誰にも告げず学園を去るルーシャと、残された退学届 「……なんということだ」 お楽しみに!

ともだちにシェアしよう!