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#63: 義父への涙の告白と下された接近禁止令: 誰にも告げず学園を去るルーシャと、残された退学届
時計塔でのパニック騒動から数日後。ロンドンの閑静な一角にあるメイフィールド家の別邸。
アニーは、その後、学園の特例で「自宅謹慎」となり、この屋敷の自室に閉じこもっていた。
「……アニー。開けてくれないか」
ドア越しに義父・メイフィールド氏の静かな声が響く。
「学園では、ルーシャに秘密をバラすと脅されて嘘をつかされたと言っていたね」
扉の向こうで、ビクッと息を呑む気配がした。
「だが……私はどうしても信じられない。あの子がそんな残酷なことをするとは、どうしても思えないんだ」
メイフィールド氏の低い、しかし確信に満ちた声が木の扉を震わせる。
「ルーシャは、そんなことをする子じゃないだろう?……お前は、私に何か大事なことを隠して、一人で抱え込んでいるんじゃないのか?」
その優しくも強い問いかけに、限界まで張りつめていたアニーの心の糸がついに切れた。
カチャリ、と鍵の開く音がして、ドアが細く開いた。
「お父さま……っ」
隙間から顔を出したアニーは、義父の胸に飛び込むようにすがりつき、声を上げて泣き崩れた。
「ジュリアン様です……! 僕が孤児院の出だってバラすって、ずっと脅されていて……怖くて、怖くて……っ!」
「……なんということだ」
メイフィールド氏は愕然とし、やがて拳を強く握りしめた。
同時に、すべてを理解した。あの気高い少年は、馬車の中で交わした約束を守るため、自らすべてを罪として背負ってくれたのだ。ジミーを守るために、自分の名誉をズタズタに引き裂いて。
「……アニー、もう大丈夫だ。私が終わらせてくる」
メイフィールド氏は震える息子の背中を、大きくて温かい腕で強く抱きしめた。その胸に顔を埋めたアニーは、嗚咽を漏らしながらも、ほんの少しだけ安堵の息をついた。
義父はゆっくりとアニーを離すと、静かな怒りを宿した目で立ち上がった。
「卑劣な脅迫で息子の心を壊し、無実の少年を追放に追い込んだペンドルトン分家のアルファ……許すわけにはいかない」
メイフィールド氏は怒りの足取りで部屋を出て行き、学園長室へと向かった。その背中には、父親としての強い決意と、ルーシャへの静かな感謝が宿っていた。
◇
「アニー・メイフィールド君を脅迫していたというのは、本当ですか」
重苦しい空気に満ちた学園長室。メイフィールド氏の鋭く怒りに満ちた視線を真正面から受けながらも、呼び出されたジュリアン・ペンドルトンは微動だにしなかった。
「おや、心外ですね」
ジュリアンは琥珀色の瞳を細め、口元に薄い嘲るような笑みを浮かべた。その表情には一切の動揺がなかった。
「そんな根も葉もない噂を……何か、確たる証拠でもお持ちなのですか?」
涼しい顔でシラを切るジュリアン。実際、彼は常に密室や人目につかない場所でしか脅迫を行っておらず、決定的な物証はどこにも存在しなかった。
学園長は額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、苦々しい表情を浮かべた。ペンドルトン家からの多額の寄付と、この男が放つ圧倒的な威圧感に屈し、強く出ることができない自分たちが情けなかった。
「……当学園としては、事態を重く受け止め、苦肉の策ではありますが、こうせざるを得ません」
学園長は喉を震わせながら、ようやく言葉を絞り出した。
「ジュリアン・ペンドルトン。今後一切、君がアニー・メイフィールドに接触することを禁じます」
それは学園という小さな世界における、実質的な「接近禁止令」だった。
◇
一方その頃。
退学を覚悟したルーシャは誰にも告げず、ひっそりと荷物をまとめ、夕闇の迫る学園を後にしようとしていた。
重いトランクを提げて正門に向かって歩き出したその時だった。
「——待てよ、ルーシャ!」
背後から息を切らして追いかけてきたのは、ジュリアだった。
「お前が全部被るなんておかしいだろ! 何考えてんだよ!」
かつて自分を散々虐げた『悪魔の姫』からの必死の呼び止め。ルーシャは驚いて足を止め、振り返った。
「……ジュリア」
柔らかく微笑むルーシャの表情に、ジュリアは胸を突かれたように言葉を失う。
「まさか、君に引き止められる日が来るなんてね」
ルーシャの穏やかな声に、ジュリアの息が詰まった。
「君は本当に変わったんだね……ジュリア」
その静かで優しい眼差しと言葉に、ジュリアは何も言い返せなくなった。
「僕の分まで、楽しく学園生活を送ってね」
ルーシャは静かに背を向け、夕陽に染まる鉄門へと歩き出した。
残されたジュリアは、ただその小さく儚い背中を、複雑な眼差しで見つめることしかできなかった。
◇
夕暮れの正門をくぐるルーシャとすれ違うようにして、学園には一台の馬車が到着していた。
男子寮の薄暗い廊下。謹慎を命じられているルーシャの自室の前で、担任教師がドアをノックする。
「ジェルーシャ君、君の保護者代理として、弁護士のグリックス氏が到着された。面談の準備をして……ジェルーシャ君?」
コン、コン、コンとノックの音だけが虚しく響く。
中からは何の返事もない。
「ジェルーシャ君? 入るぞ」
訝しんだ教師がドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
ゆっくりと扉を開け、室内を見渡した教師は、息を呑んでその場に立ち尽くした。
そこには、もぬけの殻となった静寂な空間と——綺麗に整えられた机の上にぽつんと残された、一枚の『退学届』だけがあった。
つづく
—
学園のドロドロした愛憎劇を後にするルーシャ。
しかし行く宛のないルーシャを救ったのは、アルバートだった!
ついに初めてを捧げる甘い夜……かと思いきや、ルーシャの小悪魔っぷりが炸裂する。
次回
#64: ペントハウスの夜と小悪魔の悪戯: 学園を去ったルーシャと、大狼狽のアルバート
「誰とやったんだよお〜! 相手は誰だ!? 男か!? 女か!?」
お楽しみに!
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