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#66: 屈辱の検査薬と嫉妬の暴走: 執着する元生徒会長と、夜の街へ消えたルーシャ

ジミーは場末の小さな薬局に滑り込んだ。 帽子を深く被り、誰とも目を合わせまいと俯いたままレジへ急ぐ。ツェー(Tseh)から渡されたメモを乱暴にカウンターに置き、低い声で吐き捨てた。 「……これを」 白衣の初老の店員がメモを見て、わずかに眉を寄せた。 「Ω(オメガ)用妊娠検査薬ですね。使い方はご存知ですか?」 その一言で、ジミーの頰が羞恥と屈辱で熱く燃え上がった。誇り高いマクブライド家の長男、気高きアルファである自分が、たかが世話係の命令一つでこんなものを買いに行かされているなんて。 「あ、ああ……」 「念のため、お医者さんでの検査もおすすめしますよ。一つの目安に過ぎませんから」 「いいから、さっさとくれ!」 ジミーは声を荒げて代金を叩きつけ、逃げるように店を飛び出した。外の冷たい空気を肺に吸い込みながら、紙袋を懐にねじ込む。 (……それにしても、なぜルーシャは、あんな嘘を?) 時計塔でのこと……あの時、アニーが放った「ジミーに乱暴された」という嘘——それに対し、ルーシャは突如として群衆の前に進み出ると、『自分が嫉妬からアニーを脅して嘘をつかせた』と声高に叫んだ。(62話参照) そして、その嘘は自らを破滅へと導き、学園を去っていった。 結果として、アニーの立場も、自分の命も救われた。だが、ジミーの胸には黒い疑問が渦巻いていた。 ……学園では他人を装っていた二人。でもあのサロンでのお茶会——ジュリアンの悪意ある言葉に追い詰められたアニーが、涙を流しながら叫んだ声が耳から離れない。 『僕は、ルーシャに惹かれてるんだ! ルーシャのことが、好きなんだよ……!!』 あれは、ただの駆け引きなんかじゃなかった。あの涙は本物だった。(47話参照) ジミーの脳裏に鋭い痛みが走る。 (あの二人の間には、俺たちが知らない、もっと深い繋がりがある……) なぜ過去を隠して他人を演じていたのか。アニーはなぜジュリアンに怯え、服従しているのか。そしてルーシャはなぜ、あそこまで自分を犠牲にしてまで泥を被ったのか。 その真実を知りたい。自分が踏みにじってしまった彼らの絆を、ちゃんと知らなければ——自分は前に進めない。 ふと、ジミーはある場所を思い出した。 以前、ルーシャとロンドンの街を歩いたあの日。彼がはにかみながら「どうしても行きたい」と連れて行ってくれた、あの場所。(54話参照) 懐の妊娠検査薬を強く握りしめ、ジミーは決意を宿した瞳で顔を上げた。 ◇ 昼下がりのペンドルトン動物園。 ジミーは焦る気持ちを抑えきれず、裏手のバックヤードへと足を踏み入れた。視線を巡らせると、そこには黙々と飼育作業をしているアルバートの姿があった。 息を切らして立ち尽くすジミーの気配に気づき、アルバートがゆっくりと作業の手を止めた。サングラスの奥から向けられたのは、落ち着いた低い声だった。 「君は確か、ジミー? この前ルーシャと一緒に来てた……」 「……はい」 頷いたジミーは、切羽詰まったような険しい表情を浮かべていた。その目には、後悔と焦燥、そしてルーシャへの執着がぎらついている。 「突然すみません。ルーシャの行方を知りませんか? あいつが行きそうな場所といえば、もう……ここくらいしか考えられないんです」 必死に問い詰めるジミーの声は低く尖っていた。 「知らないな。ルーシャはここには来ていないよ」 アルバートはわざとらしく小首を傾げ、静かに促す。 「何かあったのかい?」 「……どうしても、あいつに直接会って、聞いて確かめたいことがあるんです」 ジミーは悔しげに唇を強く噛み、俯きながらそう吐き出した。その声音には、生々しい執着が滲んでいた。 「そうかい。もし彼がここに来たら、君が探していたと伝えておくよ」 ジミーは深く一礼し、「……お願いします」と言い残して去っていった。 ◇ その日の夜。アルバートが帰宅すると、玄関を開けた瞬間に温かく美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。 「おかえりなさい、おじさま!」 エプロン姿のルーシャが、パタパタと小走りで出迎える。少し照れくさそうに、けれど嬉しそうな笑顔だった。 「夕食、もうできてるよ。今日もおじさまの好きな、きのこのシチューだよ。お仕事、お疲れ様」 そう言ってアルバートの上着を受け取ろうと手を伸ばしたルーシャだったが、ふとアルバートの纏う空気がいつもと違うことに気がついた。 「おじさま……?」 いつもなら優しく頭を撫でてくれるはずのアルバートが、無言のまま、鋭く険しい瞳でルーシャを見下ろしている。その広い背中からは、アルファ特有のピリピリとした重く威圧的なフェロモンが微かに漏れ出していた。 「……どうしたの? なんか、今日のおじさま……怖いよ……」 不安げに見上げるルーシャに対し、アルバートはゆっくりと歩み寄り、その細い腕を掴んだ。そのまま、後ずさるルーシャをリビングの奥へと追い詰めていく。 「……今日な、動物園に、お前の『彼氏』が来たぞ」 じわじわと逃げ場を塞ぐようにルーシャをソファへ押し込みながら、アルバートは低く唸るような声で告げた。声は低く、抑えきれない嫉妬と熱を帯びている。 「え……?」 「お前を探してた」 ルーシャは目を丸くして首を横に振った。 「彼氏なんかじゃないよ! ジミーとは、ただの……」 「嘘をつけ!」 アルバートの低い声が、冷たくルーシャの言葉を遮った。昼間のジミーの執着に満ちた目つきを思い出し、抑えきれない嫉妬がアルファの本能を激しく狂わせていく。喉の奥から低い唸りが漏れた。 「お前、本当はあいつと『やった』んだろう?」 その言葉が落ちた瞬間、ルーシャの表情が凍りついた。 誰よりも純潔を大切にし、理不尽ないじめの中でも気高く耐えてきた。 「……なんてことを言うんだよ!」 ルーシャの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。 「そんなことあるわけないだろ!」 ハッとして言い過ぎたことに気づいたアルバートが手を伸ばすが、ルーシャはそれを勢いよく振り払った。 「おじさまなんか、大嫌いだ!!」 理不尽に純潔を疑われたショックと悲しみで、ルーシャはそのまま走り出し、夜のロンドンの街へと飛び出してしまった。 「ルーシャ! 待て!」 我に返ったアルバートは血相を変えて後を追ったが、夜の雑踏と冷たいロンドンの霧の中に、その小さな姿はあっという間に見えなくなってしまった。 つづく — その声は低く、怒りと執着と、隠しきれない疼きが入り混じっていた。 ルーシャは小さく息を飲み、やがて儚く微笑んだ。 「……うん、わかった。手紙書くよ」 発車のベルが無情に鳴り響く。 次回 #67: 二つの枷と決別の駅: アルバートの執着と、財布に隠された過去の紋章 「おじさま、ありがとう!」 お楽しみに!

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