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#68: 偽りの復讐と炸裂する平手打ち: アルバートの断言と、暴かれたジュリアの謀略
■第三章 楽園と鳥籠 〜 帰れない温かな微睡み 〜
——ドン、ドン、ドン。
「……いったい何日かかっているんですか!? 例のもの、さっさと渡しなさい!」
男子寮の静まり返った廊下に、ドア越しからツェー(Tseh)の苛立った声が響き渡った。
ジュリアの『妊娠疑惑』を告げられてから数日——。
元生徒会長のジミーは、場末の薬局でオメガ用の妊娠検査薬を買い求めたものの、現実と向き合う恐怖から自室に引きこもっていたのだ。
もう逃げ切れないと悟ったジミーは、机の上の紙袋を力なく掴み、重いドアを開けた。
待ち構えていたツェーは、ジミーが差し出した紙袋を無造作に受け取ると、一言だけ冷たく告げた。
「ここで待っていなさい」
ツェーは背を向けて去っていった。
一人残されたジミーは、閉ざされた扉を見つめたまま立ち尽くした。
(待っていなさい……だと?)
次にあの扉が開くとき、突きつけられるのは取り返しのつかない現実——。その重圧に耐えきれなくなったジミーは、逃げるように自室を飛び出した。
◇
学園の重厚な門を潜り抜け、冬の冷気が残るロンドンの街へと目的もなく、ただ足の向くままに石畳の道を歩き続けた。
(俺は……なんて馬鹿なことを……)
ジミーの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。視界を涙で滲ませながら、ただひたすらに歩き続ける。
そして、ふと顔を上げた瞬間、ジミーはその場に立ち尽くした。
そこは、オレンジ色の夕陽に染まるゲート——『ペンドルトン動物園』の前だった。
閉園時間を過ぎ、人気のないバックヤード。そこに、黙々と作業をしているアルバートの後ろ姿があった。
足音に気づいたアルバートが、ゆっくりと振り返った。
「ジミーじゃないか? ルーシャのことか?」
「ルーシャがここに来たのですか? どこに居るのですか? 知ってるのでしょ、教えてください!」
「いや、ジミー……、私も知らないのだよ。来たには来たのだが…… もうどこかに行ってしまった…」
サングラスの奥の瞳が、ジミーを静かに見据える。
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二人の間に、冷たい風の音だけが響くしばしの時間が流れた。やがて、重い沈黙を破るように、アルバートがボソリと呟いた。
「ジミー、……お母さんのことは、残念だった」
その言葉に、ジミーはハッと息を呑んだ。
「なぜ、俺の母さんのことを……!? あんた、一体何者なんだ?」
亡き母のことに触れられ、ジミーは警戒心を露わにして一歩身構えた。
「私はただの、ペンドルトン家に仕える者だよ……」
その名を聞いた瞬間、ジミーの顔が苦痛に歪んだ。
「……あんたは、あいつのことをよく知っているのか? ジェルーシャ・アボット……あいつはペンドルトン家の元使用人で、俺の姉、サリーの心を無惨に引き裂いた仇なんだぞ!」(24話参照)
堪えきれず、ジミーは胸の奥で煮え滾っていた因縁を吐き出した。
しかし、激昂するジミーに対し、アルバートの反応は氷のように静かで、切実だった。
「ルーシャは、そんな残酷なことをする奴じゃない」
「なんだと……っ!?」
「あの子の優しさと気高さを、君も少しは知っているはずだ。もし彼が君の姉を傷つけるような真似をしたのなら、必ず何か裏の理由があるはずだ。……私が保証する」
一切の迷いがない、力強い断言。
アルバートのその揺るぎない言葉は、ジミーの心に深く突き刺さり、彼の中で凝り固まっていた「ルーシャへの憎悪」を根本から揺さぶった。
◇
学園の男子寮。
すっかり日が落ちた薄暗い廊下を、ジミーは重い足取りで歩いていた。アルバートの言葉が、頭の中で何度もリフレインしている。
「……どこを逃げ回っていたんですか」自室の前で待ち構えていたのは、冷ややかな視線を向けるツェー。
「検査薬の結果はもう出ました。さっさとジュリア様のところへ——」
ジミーはその言葉に足を止め、暗い廊下の床を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。重苦しい沈黙が、二人の間にゆっくりと降り積もる。
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「ツェー……。ルーシャは……本当にペンドルトン家の使用人だったのか?」
唐突な問いに、ツェーは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに不快そうに眉をひそめた。
「……それが何か? 今はジュリア様のお身体のことが先決でしょう。関係ない話を……」
「関係ないだと!?」
——ドンッ!!
ジミーは突然、獣のような素早さでツェーの胸ぐらを掴み上げ、壁に力任せに叩きつけた。
「ぐっ……!」
「さっきから何を使用人風情が偉そうに口を利いている!!」
ジミーから放たれる、アルファとしての圧倒的で暴力的な威圧感。本気でキレたアルファの殺気に当てられ、ツェーの顔から一気に血の気が引く。
「言え……! あの夏、ペンドルトンの屋敷で何があった!? ルーシャが姉さんを振った裏に、ジュリアが絡んでいるんだろう!!」
血走った目で凄むジミーの迫力に、ツェーはついに観念したように視線を泳がせ、震える声で白状した。
「……ジュリア様が、仕組んだんです」
「……なんだと?」
「マクブライド家からの借金の証文……その手紙を人質に取り、ルーシャを脅したんです。サリー様を冷酷に突き放し、残酷な言葉を吐くようにと……! ルーシャは、あなたのお姉様を守るために、わざとあんな態度をとったんです……っ!」
その真実を聞いた瞬間、ジミーの頭をハンマーで殴られたような衝撃が貫いた。
自分が今まで憎悪の対象としてきたルーシャは、最初から最後まで、誰かのために泥を被り、自己犠牲を貫いていただけだったのだ。
「……ですが、ジミー!」
ツェーは必死にジミーの腕にすがりついた。
「ジュリア様は深く反省し、今は更生しているんです! だからどうか、過去のことは許してやってください……!」
「……許す、だと?」
ジミーは虚ろな瞳でツェーを見下ろすと、掴んでいた胸ぐらをパッと手放した。
全身の力が抜け、心の中が完全に空っぽになったようだった。自分がどれほど愚かで、滑稽なピエロとして踊らされていたのか。
ジミーは力なく背を向け、フラフラとした足取りでその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ツェーが慌ててその後を追う。
「過去はどうあれ、今のジュリア様のお腹にはあなたの子が……! あんた、どう責任取るつもりなのよ!」
その甲高い声が廊下に響いた瞬間。
ジミーはゆっくりと振り返り——。
——バチィィィンッ!!
「うるさいッ!!」
容赦のない、渾身の平手打ちがツェーの頬に炸裂した。
「あぐっ……!」
ツェーは弾き飛ばされるようにして、冷たい床に無様に倒れ込んだ。打たれた頬を抑え、信じられないものを見るようにジミーを見上げる。
ジミーは床に這いつくばるツェーを一瞥すらせず、深い絶望と自己嫌悪に沈んだ瞳のまま、暗い廊下の奥へと消えていった。
つづく
—
新天地の看護学校で、同期の優等生レオノラと出会ったルーシャ。不器用な彼とも少しずつ距離を縮めようとおすそ分けを差し出すが、冷たい視線で一蹴されてしまう。
「……いらないよ。私は仕事中に甘いものを食べる趣味はない」
次回
#69: 新天地での看護見習い: 冷徹なレオノラによるおすそ分けの拒絶と、血まみれのおじ様との衝撃的な再会
「お前みたいな、お節介で馴れ馴れしい奴は好かない」
お楽しみに!
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