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#69: 新天地での看護見習い: 冷徹なレオノラによるおすそ分けの拒絶と、血まみれのおじ様との再会
ロンドンの名門・聖ファーガスン学院に退学届を残し、すべてを捨てるように海を渡ったルーシャ。
故郷アメリカに戻った彼は、今、シカゴにある『リンカーン記念病院附属看護学校』で看護師見習いとして、多忙な日々を送っていた。
彼が忽然と姿を消した後のロンドンがどんな地獄になったのか——ルーシャは何も知らない。
ただ、逃げるようにニューヨークの実家に戻ったジミーは、姉のサリーにすべてを白状していた。ジュリアを妊娠させてしまったこと。そしてルーシャがサリーを突き放した本当の理由が、ジュリアの脅迫だったという真実も。
その告白を聞いたサリーの、ルーシャに対する誤解は完全に溶けた。今では遠く離れたシカゴとニューヨークで、手紙を交わす親しい文通相手になっている。
ある日の休憩時間。真っ白な制服姿のルーシャのもとに、サリーから小包が届いた。
手紙には弾むような文字でこう書かれていた。
『ルーシャ、元気? 今度私のバンドがシカゴでライブやるの! チケット送るから絶対に来てね。 追伸:ジミーのやつ、ようやく観念したみたい。身重のジュリアと実家で、なんだかんだで一緒に暮らしてるわよ』
ルーシャは小さく笑って小包を開けると、中には色とりどりの可愛らしいキャンディーがぎっしり詰まっていた。
「みんな、ニューヨークの友人からのおすそ分けだよ。よかったら食べて」
休憩室でキャンディーを配ると、見習いの生徒たちは目を輝かせて喜んだ。
「わあ、ありがとうルーシャ!」
「美味しそう~」
「もしかして彼女から?」とからかわれ、ルーシャは耳を赤くしながら「えへへ……まあ、そんなところかな」と照れくさそうに微笑んだ。
そこへ、一人の長身の青年が通りかかった。
同期生のレオノラ・フェントンだ。ニューヨーク・ブルックリン出身の彼は、自分がゲイであることを公言している、成績優秀で近寄りがたい優等生だった。
「レオノラもどう? 疲れたときに甘いもの食べると、少しホッとするよ」
ルーシャが笑顔でキャンディーを差し出すと、レオノラは冷たい視線を落とし、はっきりと言った。
「……いらないよ。私は仕事中に甘いものを食べる趣味はない。それに、お前みたいな、お節介で馴れ馴れしい奴は好かない」
冷たく言い捨て、レオノラはスタスタと去っていった。
同僚たちが「相変わらず感じ悪いわね」と肩をすくめる中、ルーシャだけは小さく苦笑しながらポケットにキャンディーをしまった。
(あいつ……本当はすごく真面目で、不器用なんだよな)
レオノラの冷たい言葉の裏に隠れた熱さを、ルーシャは最近、少しずつ感じ始めていた。
——と、その時だった。
けたたましいサイレンの音が、病院全体の空気を一瞬で切り裂いた。大きな事故による重傷の急患が、血まみれのストレッチャーで担ぎ込まれてきた。
「急患だ! 手が空いている者はすぐに運ぶのを手伝え!」
医師の緊迫した怒号に、ルーシャも咄嗟に駆け寄り、ストレッチャーの端を掴んだ。
血と泥にまみれた大柄な男性患者。破れた衣服の隙間から、筋肉質な胸板と無残な傷跡が露わになっている。意識はなく、唇は青白く、額には冷たい汗が浮かんでいた。
「出血がひどい……急いで処置室へ!」
ストレッチャーを全力で押し走らせながら、ルーシャはふと、患者の顔に目を落とした。
「……え?」
その瞬間、心臓が激しく跳ね上がった。
鼓動が耳の奥で鳴り響く。
そこに横たわっていたのは——ロンドンのペントハウスで、夜通しワインを酌み交わし、自分が密かに、誰にも言えずに想い続けてきた最大の恩人だった。
「アルバートさん……!?」
ルーシャの声が震えた。
サングラスを外した素顔は、初めて見るものだった。いつも冷たく整っていた表情が今は苦痛に歪み、長い睫毛が影を落としている。逞しい顎のライン、わずかに開いた唇……。血に汚れ、傷だらけでも、その男らしさは変わらなかった。
(どうして……なぜ、あなたがシカゴに……!)
ルーシャの指が、思わずストレッチャーのシーツを強く握りしめた。触れていた手の甲が熱を持ち、胸の奥が締め付けられるような痛みと喜びでいっぱいになる。
この時、ルーシャは初めてアルバートの素顔を真正面から見た気がした。いつも隠されていた瞳の色、長い間心に秘めていた想いが、一気に溢れ出しそうになる。
信じられない再会の衝撃に、ルーシャの掠れた声は、騒然とした病院の廊下に虚しく溶けていった。
「アルバートさん……しっかりしてください……!」
つづく
—
意識を取り戻したアルバートに、胸を弾ませて駆け寄るルーシャ。しかし、ベッドの上の男から向けられたのは、かつての深い慈愛ではなく、戸惑いに満ちた見知らぬ瞳だった。
「アルバートさん……! よかった、目が覚めたんですね!」
次回
#70: 霧の中の再会と秘められた素顔: 記憶を失った恩人と、すべてを捧げるルーシャの誓い
「俺は……誰だ? 君は……誰なんだ?」
お楽しみに!
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