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#71: レオノラの救済とベッドの境界線: 抑制剤で繋ぎ止めた理性と、触れ合う背中の背徳

⚠️本作に登場する薬品・医療描写はフィクションです。実際の医療上の判断については専門家にご相談ください。 リンカーン記念病院の廊下は、いつもよりざわついていた。 カルテを抱えたルーシャの足取りは明らかにふらついていた。熱っぽい吐息が漏れ、視界が少しぼやけている。 (……まずい。ヒートの気配が、かなり強くなってる……) ルーシャは昨夜、狭いベッドでアルバートと添い寝することになり、絶対に発情するわけにはいかないと、手持ちのヒート抑制剤を全て飲み干していた。 しかし、アルファの強力なフェロモンに一晩中さらされたせいで、身体はすっかりあてられ、薬の効果もすでに切れかかっていた。 (今夜もおじさまと、一緒に寝るのに(>_<)! もしヒートになっちゃったらどうしよう……) 追加の薬が必要なのは痛いほど分かっていたが、財布は昨日の医療費を立て替えたせいで、見事なまでに空っぽだった。 「おい、そこの可愛い見習い」 突然、大柄な男性患者に声をかけられた。 「はい、なんでしょうか?」 愛想よく振り返った瞬間、患者の男が目つきを豹変させ、ルーシャの細い腕をがっしりと掴んだ。 「……お前、エロい匂いがするな。そんな色っぽい目で俺を見て、誘ってんのか?」 「えっ……!? 離してください……!」 男の顔がじりじりと近づいてくる。ルーシャの甘いオメガフェロモンが漏れ出し、アルファの本能を刺激してしまったのだ。恐怖で身体が硬直し、声も出せない。 ——と、その時だった。 「あなた、何をしているんですか」 氷のように冷たく、鋭い声が響いた。 レオノラ・フェントンだった。彼はカルテの角で男の手首を容赦なく叩き、ルーシャを自分の背後に引き寄せて庇った。 「ここは病院です。不適切な行為は控えてください。これ以上騒ぐなら、セキュリティを呼びますよ」 レオノラの冷たい威圧感に圧倒され、男は舌打ちしながら手を離した。 「レオノラ……ありがとう、助かったよ」 ルーシャがホッと息をついたのも束の間、レオノラはルーシャの手首を強く掴み、空いている処置室へ強引に引きずり込んだ。 ドアを閉めるなり、レオノラは冷ややかな目でルーシャを睨みつけた。 「……アボット! お前、ヒートが来てるだろ?」 「あ……」 「プロとして最低だな。病院で発情するなんて。どうしてちゃんと管理していないんだよ?」 冷たい言葉に、ルーシャは耳まで真っ赤になって俯いた。 「いつもは薬で抑えてるんだけど……実はお金がなくて、買えなくて……」 「はあ!?」 レオノラは盛大なため息をつくと、白衣のポケットから小さな薬瓶を取り出し、ルーシャの胸に押しつけた。 「私の予備だ。今すぐ飲みなさい」 「えっ、でも……悪いよ……」 「いいから飲んで。職場であなたに発情されたら、こっちまで仕事が手に付かなくなるんです。迷惑なんですから」 冷たい口調とは裏腹に、薬を差し出す手は優しかった。 ルーシャは薬を急いで飲み干し、照れながら微笑んだ。 「ありがとう、レオノラ……本当に助かった」 「……さっさと仕事に戻れ!」 レオノラはそっぽを向きながらそう吐き捨てると、耳の先をほんのり赤く染めて処置室を出て行った。 ◇ その夜。 (レオノラのおかげでなんとかヒートは抑えられたけど……今日の夕飯、どうしよう……) 無一文のルーシャは、重い足取りでアパートへの帰路についていた。アルバートにお腹を空かせさせるわけにはいかないのに、どうすることもできず、ただ暗い気持ちで歩いていた。 しかし、部屋のドアを開けた瞬間、鼻をくすぐったのは、温かくて美味しそうなシチューの香りだった。 「……え?」 「ああ、おかえり」 エプロン姿のアルバートがキッチンに立っていた。大柄な体格のせいでエプロンが小さすぎて、少し間抜けに見えるのが逆に愛おしい。 テーブルには熱々のシチューとパンが並べられていた。 「アルバートさん!? これ、どうしたんですか……?」 「街を歩いていたら近所のレストランで求人を見かけてね。皿洗いでもなんでもすると頼んだら、店主が雇ってくれて、少し前金とまかないをくれたんだ」 記憶を失ったまま、しかも無一文の状態でちゃっかり仕事と食料を手に入れてくる頼もしさに、ルーシャは呆れながらも胸が熱くなった。 しかし、本当の試練は夕食の後だった。 一つしかないシングルベッド。 毛布を分け合い、一つの枕に頭を並べて横になると、すぐ隣にはアルバートの逞しい身体があった。肩が触れ合い、太ももが軽く重なるほどの距離。 「……おやすみ、ルーシャ」 「おやすみなさい、アルバートさん……」 灯りを消すと、部屋は真っ暗になった。 ルーシャは疲れからすぐに寝息を立て始めたが、アルバートは全く眠れなかった。 (……近すぎる) 暗闇の中で、ルーシャの柔らかい寝息と、微かに触れ合う体温。甘い体臭がふわりと漂ってくるたび、アルバートの胸の奥がざわついた。 (この子……近くで見ると、随分と可愛いな……) ふとそんな思いが頭をよぎり、アルバートの喉が小さく鳴った。自分の考えに慌てて顔をしかめ、心の中で必死に自分を叱責する。 (何を考えているんだ……この子は俺の命の恩人だぞ。こんな狭いベッドを貸してくれているのに、なんて不埒な……!) 記憶がない分、自分がなぜこの少年にこんなにも強く惹かれるのか、アルバートには理由がわからなかった。ただ、胸の奥が熱く疼いて、寝返り一つ打てずに悶々と夜を過ごすしかなかった。 結局その夜、すやすやと眠るルーシャの隣で、哀れなおじ様は一睡もできずに朝を迎えた。 つづく — ついにシカゴの地で、長年の誤解を乗り越えて恋人となったサリーと劇的な再会を果たしたルーシャ。夜のモーテルで、名残惜しそうに部屋へと誘うサリーの瞳は、はっきりと恋人としての夜を欲していた。 「ねえ、ルーシャ……もしよかったら、私の部屋に寄っていかない?」 次回 #72: サリーとの再会と届かない音色: 過去を背負う友人との邂逅と、オザンナの深い影 「いいよなぁ、羨ましいぞ!」 お楽しみに!

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