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#73: ステージの惨劇と奪われたフルート: 降ってきた照明器具と、オザンナの絶望の両手切断

サリー率いるバンドのシカゴ公演を翌日に控え、劇場内は熱を帯びた緊張感に包まれていた。 看護学校の合間を縫って劇場へと足を運んだルーシャは、客席の片隅から、恋人であるサリーたちのリハーサルを静かに見守っていた。 ステージの上では、スポットライトを浴びたサリーが愛用のギターを抱え、真剣な眼差しで弦を弾いている。そのすぐ傍らで、イタリア出身のフルート奏者であるオザンナが、息を呑むほどに美しい音色を響かせていた。しなやかな指先が銀色のキーを正確に叩き、彼の魂そのもののような旋律が、誰もいない客席へと染み渡っていく。密かにサリーへ淡い思いを寄せているオザンナにとって、このステージで共に音を奏でる時間は、何にも代えがたい至福の瞬間であった。 だが、その平穏は一瞬にして破られることとなる。 劇場の天井を支える古い鉄骨の骨組みから、突如として「ギギィッ」という不穏な金属摩擦音が響き渡った。 ルーシャが息を呑んで見上げた瞬間、経年劣化によって固定器具が破断した巨大なステージ照明が、鋭い凶器となってサリーの真上へと落下し始めたのだ。 「サリー、危ないっ!!」 異変にいち早く気付いたのは、常にサリーの姿を視界に捉えていたオザンナだった。 彼は手にしていたフルートを投げ出し、咄嗟の判断でサリーの身体を背後から思い切り突き飛ばした。 激しい衝撃と共にステージに転がったサリーは、間一髪で直撃を免れる。しかし、勢い余って身代わりとなる形になったオザンナの真上に、数百キログラムはある鉄製の照明器具が容赦なく叩きつけられた。 轟音。そして、鉄と肉が激突する凄惨な音が劇場内に響き渡る。 照明の重量をまともに受け止めたのは、オザンナが反射的に顔を庇おうと突き出した、彼の「両手」だった。 「いやぁぁぁぁぁっ!!」 静まり返っていた劇場に、サリーの裂傷のような悲鳴が響き渡る。 ルーシャは瞬時に色を失い、客席を飛び越えてステージへと駆け上がった。照明の隙間から流れ出る大量の鮮血が、木製の床を瞬く間に赤く染めていく。ルーシャは震える手でオザンナの頸動脈を確認しながら、叫ぶように周囲に指示を出した。 「救急車を! 早く!!」 ◇ リンカーン記念病院の緊急手術室のランプが消えたのは、搬送から数時間が経過した頃だった。 執刀医の手によって一命を取り留めたものの、無機質な病室でサリーとルーシャを待っていたのは、あまりにも残酷な現実だった。 「……命は助かりました。ですが、押し潰された両手の組織は完全に壊死しており、敗血症を防ぐためにはそうせざるを得なかった」 医師の淡々とした口調が、かえって宣告の重さを際立たせる。 ベッドの上で横たわるオザンナの、包帯が分厚く巻かれた両腕——その先にあるはずの、十本の指と手のひらは、肘の下から無残にも失われていた。 「嘘……嘘よ、オザンナ……っ」 サリーはベッドの傍らに崩れ落ち、声にならない慟哭をあげた。 自分の代わりに、オザンナの未来が肉塊ごと切り落とされたのだ。イタリアから海を渡り、命よりも大切にしていたフルートを、彼女は二度と掴むことも、吹くこともできない。 やがて麻酔から覚め、自らの身体に起きた異変に気づいたオザンナは、感覚のない両腕を虚空に突き出し、絶望に目をみはった。 「僕の、手……フルートが、吹けない……。サリー、僕は、もう……」 涙さえ枯れ果てたようなオザンナの掠れた声と、己の罪悪感に引き裂かれるサリーの激しい泣き声が、白く冷たい病室にいつまでも響き渡っていた。ルーシャはただ、その光景を前に、自らの無力さに唇を噛み締めることしかできなかった。 つづく — 凄惨な事故から数ヶ月、両手を失ったオザンナの介護を続けるサリー。自分を責め続ける彼女に対し、オザンナは身を引くような優しい言葉を告げるが、その聖人のような慈悲こそがサリーを逃げ場のない監獄へと縛り付けていく。 「サリー、僕のために時間を無駄にしなくていいよ」 次回 #74: 鉄屑の義手と逃げ場のない監獄: 罪悪感に縛られるサリーと、呪いを突きつけるオザンナの涙 「この手が……僕の指が、今じゃただの鉄屑だよ、サリー」 お楽しみに!

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