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#74: 鉄屑の義手と逃げ場のない監獄: 罪悪感に縛られるサリーと、呪いを突きつけるオザンナの涙
秋が深まり、ニューヨークの街路樹が乾いた音を立てて枯葉を散らし始めた頃。
シカゴでの凄惨なライブ事故から、数ヶ月が経過していた。
サリーとオザンナの住居は、外界から完全に遮断された小宇宙のようになっていた。サリーは献身的にオザンナの介護を続け、オザンナも不自由な義手で日常生活を取り戻そうと懸命に足掻いていた。二人の閉ざされた日常は、ある種の平穏であると同時に、逃げ場のない監獄でもあった。
ある日、サリーが買い物から戻ると、オザンナが義手で郵便受けから取り出した手紙を、テーブルに広げようと汗を浮かべて苦戦していた。
「……一人で取り出したの?」
サリーが驚いたように声をかけると、オザンナは寂しげに微笑みながら言った。
「いつまでも君に頼ってばかりじゃいられないからね」
その表情には、自立しようとする健気さと痛々しい哀愁が同時に浮かんでいた。
しかしその夜、オザンナは静かな声でサリーに告げた。
「サリー、僕のために時間を無駄にしなくていいよ。君には君の人生があるんだから……ルーシャのところへ行ってもいいんだ」
それはあまりにも優しく、聖人のように慈悲深い言葉だった。
だがその甘い響きの裏側には、サリーの心をゆっくりと抉る刃が隠されていた。彼が身を引こうとすればするほど、サリーは罪悪感に押し潰され、その優しさに甘えることができなくなっていく。
胸を締め付けられる苦しみに、サリーはただ立ち尽くすしかなかった。
◇
一方、ジミー・マクブライドの住まいでは、かつての険悪な関係が嘘のように穏やかな時間が流れていた。
大きくなったお腹を優しく両手で包み込むジュリアを、ジミーがすぐ傍で愛おしげに見つめている。1月には新しい命が誕生するという二人は、不器用ながらも確かに夫婦らしい温かさを漂わせていた。
「……じゃあ、そろそろ帰るわね」
ソファから立ち上がったサリーに、ジュリアが心配そうに声をかけた。
「サリーさん、最近ずっと顔色が悪いわよ。オザンナの看病も大変でしょうけど、そんなに自分を追い詰めないで……」
「ありがとう。でも大丈夫」
サリーは曖昧に微笑んでごまかした。
玄関まで見送りに出たジミーは、そこで足を止め、低い声で鋭く尋ねた。
「……また、ルーシャに会いに行くつもりか?」
サリーは言葉に詰まり、視線を落とした。はっきりとした約束があるわけではない。ただ、どうしようもなくルーシャという光に触れなければ、この暗く淀んだ日々に耐えられないという、切実な衝動だけが彼女を突き動かしていた。
「……どうかしら。わからない」
サリーの横顔には、消え入りそうな迷いと、それでもどうしても捨てきれない強い未練が、複雑に絡み合っていた。
◇
数日後。
一枚の手紙を読み終えた瞬間、サリーの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
もう限界だった。
意を決してコートを羽織り、玄関に向かったその時——背後に重い気配が立ち塞がった。
オザンナだった。
彼は無言でサリーの前に立ち塞がると、ゆっくりと首を傾げた。やがて、右の義手に嵌められた黒い手袋に、自分の歯を食い込ませる。
ギギッ……ギギギッ……。
歯と布が擦れ合う異質な音が、静かな部屋に響き渡る。オザンナは細めた瞳の奥でサリーを射抜きながら、手袋を一つずつ引き抜いていく。露わになったのは、見るも無残に歪んだ義手だった。彼はその歪な腕を、まるで呪いを見せつけるかのように、ゆっくりとサリーの眼前に突き出した。
「この手が……僕の指が、今じゃただの鉄屑だよ、サリー」
引きつった笑みを浮かべながら、オザンナは掠れた声で続けた。
「かつて、この指は黄金の旋律を奏でていたんだ。覚えているかい? ブロードウェイのコンサート会場を。溢れんばかりの観客を……」
オザンナは目に涙を浮かべ、喉を詰まらせながら続けた。
「この指で奏でた旋律を……君が『世界一美しい音色だ』と褒めてくれた、あの夜を」
泣き崩れ、義手を抱きしめて震えるオザンナの姿を見て、サリーは立ち尽くすしかなかった。
つづく
—
心身ともにすり減っていたルーシャは、同期のレオノラに誘われ、巨大遊園地へと息抜きに出かける。
「おい、ルーシャ……あれは何だ。人を吊り下げて高速で回転させているが、正気か?」
次回
#75: 喧騒の遊園地と不器用なカミングアウト: ゲイを告白するレオノラと、夜のバーに佇む美しい男
「……実は、僕はゲイなんだ」
お楽しみに!
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